本澤二郎の「日本の風景」(5869)
<「木更津レイプ殺人事件」直前の戦争遺児>2
人間の運命は測りがたい。いつどうなるか?仏教は因果を説き、心の平安を追及する。男女の平等と殺傷禁止の平和主義を貫く。他方、戦いを推奨するような神道は、戦前の国家神道が裏付けている。日本国民を精神を抑圧し、若者を戦場に送り出し、無数の命を奪ったが、それでも英霊?だとうそぶいて、いまだ反省も謝罪もしない。それでも森内閣の下で復活し、公然と「神の国」という出鱈目を吹聴し、改憲軍拡の銅鑼を安倍に次いで、サナエもわめいて「時はいまだ」と。すでに「死の商人」が永田町を制圧し、戦争体制を本格化させて、国民を恐怖に震え上がらせている。
池田大作の平和主義と信じた悲運(戦争遺児)の栄養士・影山T子は、新たに襲い掛かったやくざ浜名OOによる強姦・性奴隷の三重苦にひとり泣き叫んでいた。このことを、どう理解すべきだろうか!
池田の公明党創価学会は、彼女に救済の手を差し伸べたろうか。結論はただひとつ「仏壇の前に座って祈れ」。取材で判明したことは「1日3時間」も仏壇の前で祈っていた。3時間!気がとおくなる時間だ。
最終結果は、この世で一番くるしい許しがたいものだった。「死ね」である。
彼女は「やくざの妻」と、強姦魔の浜名に紹介した吉田フミエにも「自由にさせて」と懇願したが無駄なことだった。血も涙もないやくざは、すでに携帯電話で24時間、拘束され、身動きさえも出来なかった。
読者に聞きたい。「あなたはやくざのドーカツに耐えられるか」!おそらくむりだ。筆者は衆院第二議員会館の三林弥太郎の女性秘書の悲鳴を、何度も確かめている。隣の部屋はやくざ代議士・浜田幸一の議員事務所。議員会館の壁も、やくざのドーカツに耐えることは無理だった。
三林の同じ階に福田赳夫の側近の田中龍夫事務所。金庫番が中内節子。森喜朗も一目置いた中内に、同じ派閥の三林事務所の秘書は、泣きついていたのだ。彼女から「なぜやくざが国会議員になれるの」と詰問され、反論できなかった反骨ジャーナリスト。以来「木更津生まれ」は禁句。講演先では「ハマコーは木更津ではない。富津市の人間」と事実を明かすことにした。ことほどやくざが跋扈、強姦事件は日常茶飯事の房総半島といえる。
戦争遺児は、祈りでやくざのドーカツに耐えることはできなかった。娘の長女の電話の最中、直前の浜名のドーカツ衝撃で、突発性の大動脈りゅう破裂で床に倒れ込んだ。浜名のドーカツ殺人である。徹底取材の成果である。
<痛々しすぎる運命に寄り添えない創価学会は犬畜生に劣る!>
余りにもひどすぎる運命のいたずらに声もでない。それでも声をあげない遺族。公明党創価学会も彼女の痛々しい運命に寄り添うことはなかった。筆者は学会員から通夜で飛び出した「まるでお人形さんのようだ」に怒り狂った。
人間は命が全て。その命を奪う極悪人のやくざ浜名を、結果的に擁護する公明党創価学会に衝撃を受ける。犬畜生に劣る!真相は浜名のほか浜名の妻、ヘルパーの吉田。皆知っている。栄養士をやくざの介護施設の経営者の浜名に連れ込んだ、吉田は最近ガンで死亡した。因果応報だ。薬物使用のチンピラやくざ・浜名にも天罰が落ちる。不運・悲劇の戦争遺児を強姦殺害した浜名も逃れることはできない。
<仏壇の前に3時間>
それにしても「仏壇の前に3時間」を毎日実践していた戦争遺児の悲運にたじろぐばかリだが、彼女の周囲の学会員はある時点から、筆者の取材から逃げ出した。
「学会の指示」を言外に印象付けていた。「組織の指示」は左右両翼の組織レベルだ。あわてて浜名の姓名を確認するため、木更津市福祉関係の名簿で確認しようとしたが、やはり「やくざの妻」名義だった。
その後、栄養士や吉田ヘルパーと親しかった木更津市議は、退職すると姿を消した。彼が介護施設を仲介したものか。
「仏壇の前の3時間」は何だったのか?宗教もうんめいを変えることはできない、それとも学会は邪教だったのか。やくざ強姦魔から逃げ出す祈りは存在しなかった?
<性奴隷下に安倍と太田昭宏の戦争法制に怒り爆発>
2013年から15年にかけて、一連の安倍の集団的自衛権行使というナベツネ作戦が急ピッチで動き出していた。野党革新勢力は反発を強める。筆者はというと、2012年から妻の病で四苦八苦の渦中だった。
政局どころではなかった。それに連立を組む公明党が、安倍をおさえこんでくれるかもしれないという甘い理解をしていた。
それに集団的自衛権の行使は、歴代自民党政府の方針としてNOの判定がでていた。まさか背後で読売のナベツネの暗躍など当時は理解していなかった。あるいはNHKの財閥支配にむけたツネの野望なども。安倍の仕掛けた特定秘密保護法が、戦争法制の一環だという認識理解は薄かった。人間が正常であるためには健全な体力が不可欠なのだ。
あとで気付くのだが、三重苦の戦争遺児は違った。公明党機関紙で当時の国交相・太田昭宏の裏切りに気付いたのだ。一人対抗して「太田の裏切り」を各方面に訴えていた!
今思うと、彼女の人生最後の戦いだったのだ。
公明党創価学会の最大の悪党は太田であることを、彼女は内部の人間として公然と叫び、証明していたことになる。太田の裏切りは公明党の裏切り、創価学会の裏切り、池田の裏切りを意味する。すでに池田は表舞台から姿を消していた。公明党創価学会は神道に屈し、主権者をうらぎって集団的自衛権行使に踏み切った。ツネの言いなりでしかなかった。
その渦中でやくざ浜名と最期の戦いをして、散ったと思いたい。浜名は極刑に値しよう!
太田の信濃町もナベツネの大手町も、共に崩壊する因を抱え込んだのかもしれない。猛省を促したい!
2026年4月29日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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