本澤二郎の「日本の風景」(5696)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>16
会計検査院は2025年11月5日、官庁や政府出資法人を調べた2024年度の決算検査報告を高市早苗首相に提出した。補助金の過大交付を指摘したり、有効活用されていない資産の改善を求めたりしたのは全体で319件、総額540億8151万円に上った。検査院は、内閣から独立した地位で税金の使われ方などをチェックしている。原田祐平院長は今回、国民生活の安全性や社会保障、防衛、デジタルなどの分野を重点的に調べたとした上で「国民の経済社会活動や日常生活に深く関わるものばかり。予算編成や決算の審議、行政の改善にも役立ててほしい」としている。法令違反や不適切な予算執行などと認定する「不当事項」は、271件(指摘金額計86億7155万円)だった。また、319件の指摘について省庁別の金額を見ると、経済産業省が計220億5880万円(15件)で最も多く、厚生労働省が37億5206万円(91件)と続いた。このほか報告には、社会的関心の高い問題などを取り上げた「特定検査対象」として、日本放送協会(NHK)の取引や関連団体の利益剰余金の状況なども盛り込まれた。【山

以上の記事は毎日新聞。この中に防衛省補助金が神社に流入した木更津市の違憲事例は入っているか、入っていないか!信教の自由・政教分離違反という憲法違反について指摘したのか、指摘しないのか。
はたまた皇室の神嘗祭などに公金流用はないのかどうか?
宮内庁の公金流用事案にも、今回初めて強く指摘しておきたい。天皇の憲法擁護義務はおろそかにしてはならない。歴史の教訓としてアジアからの物言わぬ厳しい視線をいい加減にしておくと、再び日本は過ちを犯すことになる。強く警鐘を鳴らさねばならない。

<国家神道かぶれの高市内閣の試金石>
本日も「北京散見」の番外編になってしまった。
憲法擁護義務は、天皇以下公務員すべてにわたる。霞が関・議員族・自治体職員は、ゆめゆめ憲法軽視を許されない。特に司法に携わる公務員は、一片の疑惑も許されない。国家神道かぶれの靖国参拝派は、憲法に違反する。まずもって戦死者に対する反省と謝罪が不可欠である。これらは戦後日本と日本人の国際公約である。中国政府との4つの約束は、いまもこれからも生きている。
トランプに好かれる悲劇的日本政府は、筋違いだと指摘しておきたい。米ニューヨーク市長に社民主義者が当選した。日本の社民党は目を覚まさないのか。

アジア諸国民は80年前を記憶して忘れない。若い時の胸の大きさなど通用しない。

<司法の乱れを体験させられている神子悟に聞け>
最近、日本君子蘭協会という日本人の審美観の最高峰を行く房総半島・富津市の神子悟の話を聞いて驚いたのだが、彼は交通事故被害者だというのに、保険会社顧問弁護士にもみくちゃにされ、不当な和解案を呑まされるという場面に直面、最後っ屁よろしく警察も巻き込んだ司法の癒着構造に反撃ののろしを上げた。

彼の正義の抵抗について、知り合いの弁護士も「よくあることだ」という。法律にうとい市民は、専門家の取引に吸い取られ、被害者でありながら、あたかも加害者のような立場に追い込まれる。あわてて反発しようにも、真綿で首を絞められるように身動きが取れなくなる。

加害者は医療法人・医師会とくれば、うなずくほかない。
正義の弁護士は、この日本にいないらしいこともわかってきた。司法は主権者の最後の砦のはずである。しかし、現実は違う。主権者が変わらないと、この国の国民は国家神道かぶれの悪しき輩の餌食にされるだけなのだ。法廷に立っている関係者は、神子悟に聞くといい。

<必死に生きる労働者の髪染めに驚く>
清潔でゆったりとした北京の電動バスに乗ると、通勤時間帯を除けば椅子に座ることが出来る。ガソリン車と違って静かで、道路が空いていると速度を上げるのだが、その力がある。
そこに地方からの出稼ぎ風情の5人ほどの中年男性が、車内の一角を占めていた。
頭髪を見てしばし考え込んでしまった。

老いる前に円形脱毛症になった首相経験者を知っている。毛生え薬を必死に集めていた元首相も。テレビ映りに気を回している御仁は、人気商売だと余計に頭髪に気を使っている。
最近亡くなった親類のいとこは、93歳でも髪は白くなかった。弟は88歳で老人介護を受けているが、髪は若者のように黒い。遺伝子のせいに違いない。

バスで出会った中年の中国人男性は、髪を染めていた。不動産バブルがはじけて不況下の北京で仕事を得ることは容易なことではない。日雇いも、失業者は必死で探す。その場合は可能な限り若作りの容姿がモノをいうだろう。髪染めにも気を回す中年男性の姿にため息と感動が同時に出てしまった。

<地下鉄車内で見かけた老農民夫妻のたくましい手>
わが「北京散見」は、じっくり時間をかけて取材するものではない。
さりげなく、さっと観察する手法である。自分もそこに溶け込む自然体だ。
地下鉄車内で帽子をかぶらないと、白い髪の老人に対して、若者はすっくと立ち上がり、椅子を提供してくれる。むろん、感謝の仕草をして優先席もしくは普通席に、やや遠慮がちに腰を下ろす。さりげなく車内の風景を観察する。目の前に元気そうなたくましい老農民の姿が現れた。
二人ともスマホ携帯を片手に持っている。家族や知り合いの情報は瞬時に届く。やはりすごい社会である。二人とも手が太い。節くれだった指も頑丈そうである。無事に健康に生きてきた証拠であろう。二人のそばにもう一人の女性がいた。彼女は中年だ。アップル製のスマホに違いない。
世界に冠たる近代都市を建設した主役たちである。その陰に高層建設現場から、足を踏み外して落下した仲間がおり、彼らの分まで頑張って生きてきたことが直感できる。
この世には、幸運な人とそうでない不運な人がいることを忘れてはなるまい。

<シャオミー国門店の中年男性の親切>
パソコン企業にシャオミーがある。よくし知らないが、国門1号店に友人が充電器を購入しようと飛び込んだ。充電器の性能がよくないという。中国製の故か。店員は素人の老人に「携帯やパソコンから充電できるので、わざわざ充電器を買う必要はない」と説得した。これは驚きである。無知な老人に教えてあげる余裕のシャオミーに感服した。
店内のパソコンは薄いし、軽いし安い。筆者のマウスは小型のノートパソコンだが重い。買いたいが初期設定ができない。庶民の間ではシャオミー人気があるという。CEOの頑張りが今を可能にしたらしい。炊飯器など家電も展示してあった。
大競争社会の中国電子業界の様子を垣間見たらしい。日本人は中国を知らない。戦後80年だというのに、高市は石原慎太郎レベルの南京知らずの台湾独立派である。ひたすら驚愕するほかない。
2025年11月6日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)