本澤二郎の「日本の風景」(5695)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>15
犬も歩けば棒に当たるという。いい話?に出会うことが出来た。
修行僧の体験だ。若くして有名な寺や高僧に出会いながらの修行は、日本でも聞くことが出来る。しかし、ここから取り上げる中国のそれは、人間の忍耐と体力の限界に生きた坊さんである。
彼の運命はチベットに入り、チベット仏教を修行していたときに、想像もしない運命に突き落とされる。中国革命の主力である人民解放軍が、チベット攻略に彼を巻き込んだのだ。
軍はチベット語のわかる修行僧に「協力」を求めてきた。このような場合、武器の力に屈してしまう事例がほとんどであるが、彼は「自分は僧侶であって軍に協力することはできない」と突っぱねる。「苦労して肌で学んだチベット語を、人々を服従させる武器に使うようなことはできない」ときっぱりと拒否した。
時に32歳だった?
その後は30年間の投獄人生が待ち構えていた。えん罪事件の袴田巌さんのことを思い出す。国内戦争に協力しない理由での投獄は、国家神道の日本でも当たり前だったろう。それにしても常人は拘束30年で発狂するしかない。
<30年余の投獄生活に耐え抜いた修行僧>
毛沢東時代が終わって彼は釈放、晴れて自由の身となった。すでに60歳を超えていた。彼を救った精神力は仏教の教えに違いない。彼は全国を回り、世界へと飛び出して仏の教えを説いてゆく。彼はたちまちのうちに、中国を代表する仏教界の指導者に祭り上げられる。
その間、がんという病にも見舞われるが、それでも屈しなかった。凡人であれば、人民解放軍や中国共産党に対しての恨みつらみを爆発させる。彼は全く違った。
30年余の投獄生活を淡々と受け入れ、そこから仏僧として人々に仏の道を説いて、100歳を軽く超える中国仏教界の指導者としての生涯を送った。
運命は人それぞれである。不当な権力の仕打ちにも、文句ひとつ言わないで悠然と受け入れて生きてゆく。圧政・悪政にも怒りを爆発させない人生?
普通の人間にはできないが、それを抵抗もせずに悠然と受け入れて生きた人物が、中国に実在したという。
偉大な人物に違いないが、現代人にそれができるか。
司法が正義を貫く手段として、民主主義は暴力・不正・腐敗を許容しない。現実は異なる!人権尊重主義が近代の鉄則であるが、それでも性欲・酒を断つ仏の道もまた共感を覚える。
<国慶節休みも淡々と>
共産党国家最大の祭典というと、抗日戦争勝利80年と反ファシズム打倒80年の2025年である。恒例の軍事パレードよりも、人々は家族親類が家族団らんで餃子を手作り、口にほおばる風習に愛着を抱くが、すでに廃れてしまったらしい。スマホで注文すると、即座に大卒の配達人が温かい餃子が自宅に届く。便利になったものだが、味気ない。旧正月もそうだが、国慶節もまた時代の変化に従って変わってゆく。
以前、一度だけ国慶節を北京で過ごしたことがるが、その時の花火や爆竹が目の前で次々と炸裂、家の窓から目撃し興奮したものだ。中国には神がかりのような行事はすたれてしまい、その点で近代化は日本の原始の祭礼と異なる。初めて伊勢神宮の神嘗祭をYOU TUBE画像で見て、正直腰を抜かしてしまったが、松下政経塾の野田佳彦や高市早苗は、この占い・まじないのレベルに足を踏み入れたまま、大政翼賛会よろしくポプュリズム人気に狂奔しているのだから、近代を理解していない。
花火や爆竹が禁止された中国人富裕層は、円激安の途上国に押し掛け日本旅行で笑いが止まらないのである。筆者は111回目の訪中を、初めてLCC格安航空券を利用してようやく北京入り、財布のない生活に内心忸怩たる思いだった。
<ガソリンスタンドは廃れたがゴルフ場は存在>
およそ2000人が居住する20平米のワンルームマンションの庭園にも、大型車専用の充電施設はできている。子ネズミのように走り回るミニバイク用の充電施設も備わっている。車の排気ガスによる大気汚染排除は、ほぼ完ぺきだ。
市内で数か所の旧来のガソリンスタンドを目撃したが、ほとんど機能していなかった。ガソリン車が消えてしまっているからである。
地下鉄15号線・后沙峪駅前の自動車修理工場というと、以前は日産専門だったが、入り口の門は確かに日産の表示はあったが、今はイーロン・マスクのテスラ車に変わっていた。彼がトランプ大統領に盾突く理由がわかった。テスラ車は公道でよく見かけた。マンション内の駐車場でも。
電動車は音が低い。油断してると、歩いているすぐ後ろに接近している。ジャーナリストにとって、やはりこんな近代都市の変貌には、万感の思いが胸をよぎる。思えば東京タイムズの初代北京支局長の小柄なK子さんは、89年の天安門事件の最中、街頭によじ登って取材をしていた。筆者は学生の整然とした政治改革運動に感動しながら、その足で南京を初めて訪問し、日本軍の殺戮資料に腰を抜かした。歴史に無知だったことを思い知らされ、そのことを宇都宮徳馬が発行していた月刊誌「軍縮問題資料」に発表した。彼女の方は、酒とたばこにおぼれたらしく北京で客死した。人間万事塞翁が馬とはいえ、長生きすることは歴史の目撃者として大事な使命を帯びている。
15号線を朝陽区の北京中心に向かう途中、ゴルフ場があったのだが、今はどうか。不動産崩壊で住宅に変ってしまったか、多少気にして地上を走る地下鉄の車窓から眺めていた。間違いなく存在した。マンション駐車場で大型の高級車を洗浄している女性の車から二つのゴルフセットを見ていたものだから。
現在も富裕層のゴルフ好きが存在する。東京の中国大使にも「ゴルフ大使」のあだ名のつく外交官が何人も存在した。
<歓迎されなくなった日本人=侵略を解放とすり替える靖国派の実績>
結果的に高齢者が毎日ブログ発信するのは筆者以外、日本にはいないし、世界にもいないだろうが、記事を書く理由の一つは、嘘がばらまかれることの危険性を、言論人として承知しているためだ。明治の歴史もそうだったし、最近のナベツネ言論の継続への危険性を指摘するためでもある。
平気でうそをつく政治屋が、日本国民を代表する!こんな危険性は到底許容できない。歴史の真実に蓋をする嘘の政治屋は、また同じ愚を繰り返す。
森喜朗から始まった清和会政治は、国家神道の正当化に他ならない。無知な地域の人々を巻き込んだ悪政を放任する議会の翼賛体制・改憲軍拡による「成長戦略」経済は、小さなアメリカ化に他ならないが、それに特化する高市らの野望に警鐘を鳴らし、学者文化人の良心をよみがえらせるためでもある。
もう一度、そんな日本を中国人は紳士的に、日本と日本人に警鐘を鳴らしてくれている。髪ぼうぼうで北京入りした筆者は、幸運にも大手スーパーで10元床屋に入った。おそらく10分もかからない。さっと自動バリカンで散髪してくれた。何度も感謝の意思を表明したが、床屋の中年おばさんはにこりともしなかった。こんなことは小泉純一郎の靖国参拝の時以来、経験していなかった。
地下鉄の優先席の前に立っても、若い女性は見向きもしなかった。反対に席を譲る男性もいたのだが。何か人々の心に変化が起きている!そのことに気付いた。
田中・大平体制が勇断をふるって解決した戦後最大の外交的成果・日中復交を、反故にしている清和会の岸・安倍路線を本気で受け入れる中国人はいない。断言できる。中国人は南京大虐殺・731部隊の戦争犯罪を決して忘却することはないのだから。
世界史において燦然と輝いた中国文明を構築した偉大な民族と敵対する愚を、再び犯してはなるまい。
2025年11月5日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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