本澤二郎の「日本の風景」(5690)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>10
人も動物も、胃袋が暖められると沈黙するという。人間社会に革命は起きない!そうかもしれないが、食にブレーキがかかると、人は生きようとして動く。それは動物も。熊もそうである。自然豊かな山林であれば、人間がいたずらしなければ、熊も民家に押し掛けることをしない。
全ては人間が暴れだして、動物を恐怖に陥れ、その結果、熊も暴走する。やたら科学を振り回す連中が、やくざを動員して自然を破壊し、争いの火の粉を地上に振りまいている。人が自然と共に生きている限り、自然や動物が人間に襲い掛かることはない。
平和は力では手にすることなどできない。安倍昭恵がトランプに「平和」の絵をプレゼントしたという。その心は、力による平和である。大軍拡・核武装論は安倍晋三らA級戦犯後継者の、歴史を直視しない輩の発想である。安倍の信念を、側近の女性首相があっけらかんとして、大軍拡をワシントンの主に約束するものだから、善人は一段と警戒することになる。大増税に耐えられる庶民は少ない。消費税ゼロが民意である。
<北京の大型スーパーに客は少ない>
以前の中国には、地域の台所をまかなうための青空市場が存在し、人々は安心してそこに群がって衣食を解決してきた。ほかにも路上では野菜や果物、それに包丁研ぎの職人、それに散髪職人もいた。出稼ぎ農民も活躍していた。そこに活力のある巨大都市・北京が存在したのだったが。大中国が扉を開くと、経済は急成長する。その様子をこの目でずっと見てきた、数少ない日本人になってしまった。
次いで、新たに欧米大型店舗が誕生する。小さな茶菓子を売る小売店は消えてゆく。大きな数店舗による競争が始まる。
外国の百貨店なども参戦する。激しい競争経済が世界第二位の経済大国に押し上げてゆくのだが、人々の精神は金に呑み込まれてゆく。
そこにコロナ事件と不動産バブルで、庶民生活は傷つき破壊される。先行き不透明な経済に消費は落ち込んでゆく。6年ぶりに見た目の前の大型店舗の一つは消えて役所に変わっていた。米国のウォルマートも撤退していた。
残っていた一軒の大型店に入ってみた。
目の前には、木々が成長して森になった巨大公園と、高級な戸建ての別荘がある。6年前はいつもにぎわっていた店だが、今回は全く違った。1階は宝石や化粧品と食堂、2階がお目当ての野菜・果物・魚肉類、3階は家庭用品。この店で何でも買いそろえることが出来るのだが、確かに客が少ない。
豊富な食料品は、この国の豊かさを誇っている。いかんせん買い手が少なすぎる。新鮮な野菜類は日本のスーパーを上回る。果物の豊富さは日本を優に上回り値段も安い。客の反応はというと「値段が高くなった」「肉が高い」と財布は開かない。不況下の物価高である。
<嫌われる魚介類>
魚介類に客は少ない。一人で見物していると、店員が声をかけてきたので、そこから去るしかなかった。
フクシマの核汚染水垂れ流し事件は、政治的に解決したが、消費者イメージは変わっていない。
それこそ「日本産」とわかれば、まず手を出す人は少ないのではないか。
筆者は一度だけ贅沢をした。核垂れ流しの直前に札幌に飛んだ。刺身をたくさん食べて満足した。最近はたまに海苔巻きを買ったりしているが、刺身には手を出さない。値段が高いのも理由だ。
東電の責任と原発推進の読売の責任は特に重い。しかし、漁民は32兆円の東北復興資金にごまかされたのか、おとなしすぎる。被害は甚大であろう。
<競争による割安商品は少ない>
日本でのコメの高騰が北京にも伝染していた。
中国人は地域にもよるが、日本食と違ってコメに執着していない。穀物や麺類や饅頭など中国料理は、もともとすそ野は幅広い。日本はおいしいコメをいっぱい生産し、それを食糧難の地域に支援するという道義的外交を展開すれば、どれほど喜ばれるか。「今だけカネだけの農林族」の無能さにあきれるばかりである。
ともあれ競争のない店舗経営は、確実に衰退を約束するだろう。中国政府にしても、大量の米国債の一部を売却し、金の保有に力を入れているという。米ドル衰退は歴史の必然である。経済不況下の米中首脳会談が、本日、韓国で行われる。双方喧嘩はできない。喧嘩両成敗である。争いは人類を破滅させる。まだプーチンもゼレンスキーもネタニアフも戦いに明け暮れている。
戦争ほど悲惨なことはない。高市の大軍拡は戦争への予兆であろう。いえることは米中戦争はない!
2025年10月30日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。