本澤二郎の「日本の風景」(5689)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>9
確認したわけではないが、中国人の多くは国営のテレビ放送を見ていないかもしれない。ただし、民営の生々しい人民によるネット放送を見ている。地下鉄には国営のテレビが流れているが、まず一人も見ていない。民度ははるかに中国人が高い。

友人宅にはコロナ騒動でテレビはない、WI-FIなし。そのためネット音痴の筆者は、記事を書いてもそれを日本の読者に伝えることが出来なかった。帰国後に慌ててまとめて発信した。ありがたいことに大半の読者は離反しなかった。日本に戻ると相変わらず、民放までが「官営放送」に徹していた。昨日などは、二人の日米の歌舞伎役者?が東京発の猿芝居を演じ、それを大々的に宣伝放送をしていた。
筆者は若いころの高市を知っている。彼女のトレードマークは胸の大きさで、そこに男どもが群がっていた。昨日テレビに映ったものをネットで見ると、ひどくやつれていた。昔とは全く違った。声だけが威勢がよかっただけだ。
日本のナベツネ言論界は、戦前のそれと変わらなかった。朝日新聞の見識は、とうの昔になかった。戦前はすべてが官営軍閥財閥放送に一本化され、国民に総動員を煽り続けた。国家神道に屈した。結果、きのうの猿芝居に警鐘を鳴らす言論は存在しなかった。反骨の言論人は、ひとり田舎芝居にNOを突き付ける!

<北京地下鉄=中国人の親切に両手合わせる>
北京の地下鉄網はすごい。無数のネットに駅名を記憶できない。以前、学生にOO駅を伝えても、調べないと確認できなかった。利用者はなんとなく見当をつける。その程度だ。
日米の地下鉄利用者は、北京のそれを体験すれば驚くに違いない。衛生面は完ぺきだし、車内に涼風が流れる。空気の滞留がない。

ニューヨーク地下鉄を利用する外国人は少ない。怖くて乗れない。米国の治安は最低で、やくざギャングが横行し、彼はそれに軍隊を投入して退治している。秋田県が熊退治に自衛隊を投入するのは当たり前だ。人殺しをやめさせ、人を襲う熊退治は当然であろう。房総半島ではやくざ暴力団退治に自衛隊を投入する場面が出てきている。それは警察が逃げまくるというか、仲間関係にあるからだ。

筆者は何度も地下鉄内で両手を合わせて、老人に席を譲ってくれた若者に感謝した。気恥ずかしいが、人間らしく謝意を表現した。老いた外国人を親切にしてくれる北京の若者の態度に、内心涙を流してしまった。
歴代の日本首相やトランプの政治ショーに利用される拉致被害者、彼らの中にもそれをよしとする関係者がいるという?ことは簡単だ、首相自ら平壌に飛び込んで直談判すれば即解決する事案である。政治ショーに利用されることにためらいはないのか。被害者自ら飛び込めばいいではないか。

敬老の精神は政界には存在しない。露骨すぎる円安アベノミクスをやめない日本政府と国会は、物価の高騰で国民生活を破綻に追い込んでいる。それを10数年も継続し、財閥と株屋を狂喜させている。改憲大軍拡と核武装化のための積極財政(空前の借金)で、日本の財政を破綻して、いままさに亡国へと沈没寸前だ。日本の国会議員はすべて軍需産業株でぼろ儲けしている!事実かもしれない。

<午前8時台のすし詰め状態を体験>
約束の時間を守ろうとして午前8時過ぎの地下鉄に飛び乗った。乗れなかったのだ。わずか4つ目の駅であるが、駅員がホームで整理していた。目の前で見送るしかなかった。
東京でも総武線でよくある朝の通勤列車の風景である。それが北京郊外の駅でも起きていた。

次の地下鉄に何とかもぐりこんだが、入り口の反対側に追いやられ、それから身動きが出来なくなった。ひょっとして初めての経験かもしれない。東京では10時から12時前後の移動であったため、経験することがなかった。
混雑の理由の一つを発見した。いまの日本人もそうかもしれないが、中国人の大男は背中に荷物を背負っている。これがすし詰めの理由の一つだった。か弱き女性は大変だろうが、いかんせん助けることが出来ない。動くことが出来ないのだから。
さすがにこのような場合、携帯を取り出してゲームや映画、友人とのやり取りをする状況ではない。ただし、ここは北京。20分ほど辛抱すれば乗り換える乗客が多い。日本だと1時間近くだから、なかなか耐えるのは大変だ。中には痴漢もいると聞く。

真冬になると、これに着膨れが加わる。確かこの日、初霜が降りたという。誰一人手袋をする通勤客はいなかった。寒さに強い北京っ子なのだ。中国の集団暖房は11月中旬である。地方の貧者はどうだろうか?

<タバコ好きとタン吐き?>
中国人はタバコ好きの男性が多い。今回の北京訪問でもそれを確認した。歩きタバコとポイ捨てタバコはなかなかやめられない。これは世界的ではないだろうか。ストレス満載の社会がそれを止めることが出来ない。筆者はわからない。タバコは健康によくないことぐらい、小さい時からわかっていた。吸うといい気分になる?信じられない。
記者もタバコ好きが多かった。相手とおしゃべりする時の間合いを取るのに便利なのだが、次々と速射砲のように質問する人間には、間合いは時間の無駄でしかなかった。電車内での原稿書きを得意としてきた人間には、タバコは邪魔だった。政治家では福田赳夫は人前でタバコを吸っていた。三木武夫や大平正芳、中曽根康弘のタバコは見なかった。田中角栄は吸っていた。福田参謀の松野頼三のそれはひどく、部屋がかすむほどだった。しかし、彼の証言でA級戦犯内閣の正体を知った。秘書の平井君は同窓だった。

鄧小平も吸っていた。尊敬する中国きっての日本通の肖向前は、吸わなかった。そういえば人前で吸う中国人の学者は、いなかった。中国でも教養のある人は概して吸わない。庶民はよく吸う。たばこ産業は庶民で成り立つビジネスなのだ。

「痰を吐く中国人」もまたタバコ好きと結びついているようだ。しかし、これは理由がある。恐ろしいほどの大気汚染である。北京市内には石炭や石油を使用する工場や車で埋まっていた。排気ガスには苦労したものだ。それが痰を吐く動機となったのではないか。ともかく恐ろしいほどの大気汚染は、その後にPM2・5騒動に発展した。加えてモンゴルの黄塵万丈が古来より続いていた。

黄塵万丈はともかく、車の排ガスがほぼ収まった。北京市内の汚染工場はすべて移転させた。6年ぶりの
北京訪問では、すべて電動化した車に驚かされた。この一点で北京は東京や欧米の大都市を超えた。これはまさに革命的である。
かならずや「痰を吐く北京人」はいなくなるに違いない。

<羊肉の串刺しが消えていた>
今回の中国訪問の目的の一つは、イスラム系の回族村での羊肉の串刺しを食べながら、ビールを飲もうというものだったが、本物の串刺し羊肉はなかった。
代わりの串刺しはあったが、お目当てのものはなかった。原因は、煙にあった。大気汚染の元凶とされてしまったのである。
いえることは、それほど煙はNOなのだ。大気汚染阻止にかける北京当局の意気込みに驚くほかなかった。

日本では袖ヶ浦市の水源地に、311フクシマ東電原発の核爆発放射能汚染土やゴミが、およそ60万立方メートルも違法・不法投棄されている。建設会社も産廃業者も地元住民の調査で判明している。しかし、地元の自治体も千葉県も蓋をかけて、しらを切っている。
おとなしすぎる住民運動を、当局は小ばかにしている。それに屈する不甲斐なさすぎる地元と地方議員と国会議員の無様すぎる行動しない市民が、もう4年も放置している!
この深刻な事態を黙認する極右政府と議会と日本の言論界、学者・文化人の愚かすぎる日本を、なんとするのか!
2025年10月29日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)