本澤二郎の「日本の風景」(5687)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>7
各国とも自国の治安対策に力を入れている。日本でも筆者の記事に対して、文章が忽然と消さりたり何度も経験している。当局の点検に違いないと最近は感じている。
その点、若者の失業が高い中国の治安対策は、かなり強力でアメリカのトランプなどは参考にしたいと思うかもしれない。地下鉄の乗降口の荷物の点検は、以前から続いてきている。最近は高速道路でも行われていたことがわかった。
それは北京郊外を抜けて河北省にバスで出かけたさい、帰路北京の入り口でバスは止められ、乗客は一斉に降ろされた。その後に中国人は身分証明書を警察官に提出させられた。外国人の筆者はパスポートだが、その扱いに対してやや反発してしまった。
<ゆがんだ日本人パスポート>
提出したピンとしたパスポートが、返った時にはゆがんでいた。数人の警官が放り投げたりしたためである。想像するに彼らは日本のパスポートをみて、内心面白くなかったのかもしれない。
昨今の日中関係の悪化と関係しているのではないか。
小泉純一郎の靖国参拝のときは、市内の床屋に追い返されてしまった。筆者は子供のころから床屋が苦手だった。髭剃りがくすぐったくてたまらず、声を出てしまいそうになる。特に女性の手で触られるのが苦手で、たまらなくいやだった。
日本では東京駅や有楽町、新橋、品川の1000円散髪床屋をよく利用した。理由はひげをそらないことと、短時間に終わるし、安いからだ。中国では講義先の大学内の床屋をよく利用した。安い時は3元とか5元だ。信じられない安さに驚くばかりだが、髭剃りをしないので大満足だった。昨今は高級な床屋が増えてしまったが、正直昔が懐かしい。
俄然、小泉批判のトーンは跳ね上がった。中国随一のエリート大学の清華大学での講演会には、400席ほどの大教室に500人以上の学生が押しかけてきた。立見席までできた。通路も埋まった。この時の学生の拍手のものすごさを忘れることはない。終わると万雷の拍手なのだ。人生一度の貴重な体験となった。ことほど靖国参拝は歴史の冒涜といえる。その靖国戦争神社を閣僚として毎回参拝する、戦前の国家神道かぶれの好戦派・高市早苗に反発する中国人民の心情が、わがパスポートにも被害が及んだものかもしれない?
松下政経塾が塾生に神社参拝を強要していたことは、知る人ぞ知るである。偏狭なナショナル・民族主義教育に汚染された野田佳彦もしかりだ。
日本人が井の中の蛙大海を知らず、から抜け出せない最大の理由は、皇国史観にある。侵略戦争を「アジア解放戦争」などとぬけぬけという輩は、とうてい国際人といえない。外国の首脳で靖国参拝派はいない。日本の文化?とんでもない屁理屈だ。せめて政教分離に徹することが肝心要である。女性をけがれと捉える原始のカルト信仰は、男女平等の現代社会においてお話にならないだろう。
自民党に巣食う神道政治連盟は即座に解体すべきだ。国民の代表ではない。
<中国の老人施設は日本と違う>
最近開設した老人施設を見学するための河北省行きだった。北京の西山に沿って北上するのだが、バスの窓から眺める景色は悪くない。日本と違って岩石の多い山。樹木も低いものが目立つ。雨水の浸透もわるく、豪雨になると洪水被害も出るかもしれない。
そこの施設は800人が暮らせるという規模の大きなもので、3LDや2LD、1LDと様々。いざという場合の医療施設も併合していることで、安心安全が販売の特徴。病院には寝たきり用の病室も用意してある。むろん、運動はできる、自由に外出や買い物も。歌や楽器など趣味のコーナーなど盛りだくさん。ホテル並みの居住施設だ。「人生最後を楽しみながら過ごす場所」なのだ。従来はホテルやマンションを手掛けてきた不動産企業が、老人施設建設という新たなビジネスに転進している様子を見て取れた。
不動産バブル崩壊で二束三文になったビル・マンションの転用なのかもしれない。問題はお値段。日本でも老人マンションが出てきているようだが、住まいを購入するのではなく、部屋を貸すのである。北京市内の住宅を売り払い、それに年金や預金を足して長期滞在というシステムらしい。
肝心の食事は自炊もOK。家族や仲間と一緒も。短期滞在もいい。自由にのびのびと、晩年を楽しく過ごす施設であって、日本のように「姥捨て山」と異なる。一見の価値がある。問題はカネである。
2025年10月27日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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