本澤二郎の「日本の風景」(5661)
<袖ヶ浦市の核汚染ごみ60万㎥不法投棄事件=腐臭列島・房総半島の闇第二弾>
房総半島が利権の巣になって久しい。そこでは財閥が県政を動かしていた。やくざはその配下として県民生活を破壊していた。だが今日の第二弾は、やくざが主役に躍り出てきている!民主主義も憲法が保障する住民自治は名ばかりである。首長も住民代表の議員も形無しだ。共産党議員さえもがおびえながら、形だけの議員活動をして、それをよしとしている。野田佳彦や志位和夫といった野党のリーダーも塹壕に潜ってやくざ退治をしない。
秋到来も大気を春霞が覆って、闇を形成しているではないか。そこには警察も見えない。見えるのは税金泥棒だけだ。人々は汚染水を飲み、汚染米を口に入れている可能性を専門家は指摘している。それでも、それでも正義を忘れた、入れ墨暴力に屈した房総半島の千葉県民は、個々の殻に閉じこもって、ムラ社会のボスである氏子総代ら悪しき有力者にすべての権利をゆだねている。
自治会費や区費という高額な公金から、神主と氏子総代と形だけの区長・自治会長は「公金横領」を黙認している。かくして日本列島は腐臭化し、房総半島はやくざの巣となって犯罪が横行している。しかし、千葉県警も木更津署も税金泥棒に徹して、やくざ追放の指揮棒を振らない。
<千葉県と袖ヶ浦市の行政と木更津市の警察責任は万死に値する>
旧千葉3区時代は水田三喜男・千葉三郎・森美秀・中村正三郎の自民党議員がやくざ代議士の浜田幸一を羽交い絞めにして抑え込んでいた。30年前、最悪の小選挙区制を導入したことで房総半島南半分がやくざ代議士の手に落ちた。
千葉県と袖ヶ浦市の行政から住民自治が消えた。君津郡市を管轄する千葉県警木更津署とやくざ勢力との癒着という、断じてあってはならない事態が表面化する。
千葉県が死んだのは30年前からだ。恐ろしい新事態に誰一人抵抗しなかった。房総人から正義も公正もなくなってゆく。財閥と入れ墨やくざとの二人三脚は、徐々にやくざ暴力団による統治が表面化する。311東電福島の核爆発放射能汚染の土壌やがれきゴミは、袖ヶ浦の水源地・清流松川の高台・陣場台に、途方もない量が不法投棄される背景となった。
警察と行政は死んでゆく。その罪万死に値する!
<公明党創価学会がやくざに清き一票>
保守系の大半がやくざの軍門に下った。なんと中道で福祉と平和を公約していた宗教政党の公明党創価学会が、やくざ代議士に清き?一票を提供した。ということは、このいかさまのカルト教団は、自民党でも嫌われていたやくざカルト神道と同列に立った。公明党の正体は30年前から、自ら変質したことを天下にさらしたことになる。
同党から護憲の声が消えた。
一部の右翼関係者は、中国との関係を指摘する向きがあるようだが、それは単なるポーズのレベルにとどまっている。北京の学者は、池田大作が第一線を降りた時点で、真相をつかんでいた。
いまや信濃町は、名存実亡にある。信者を裏切り、国民を裏切った亡霊政党に等しい。
最近のカルト教団は、権力に食らいつくことで、信者から強要した莫大な資金を、何とかして国税庁調査から死守することに徹している、利権紙屑政党に堕落・変身したことになる。衰退傾向の自民党にとって、創価学会は格好の集票組織でしかなく、相手がやくざだろうが、かまわず支援する無能無責任党に堕している。
<「やくざ暴力団がうごめいている房総半島」が議員役人常識>
<警察と連携皆無=警察のゆでガエル熟知ゆえか>
もう疲れてきたので、この辺でやめる。役人も住民代表のはずの議員も、目的は利権あさりそのものである。やくざと競合すれば、軍配はやくざに上がる。警察に訴えるという当たり前の行動もしない。警察とやくざはグルなのだから。
役人はすべてずるがしこい。信頼されない。議員もまたしかりだ。
次回に令和3年12月15日の袖ヶ浦市議会建設経済常任委員会に提出された会議資料を少し紹介したい。
<住民に行政監視能力ゼロ=やくざから逃げる市議住民の面々>
この国を駄目にしているのは、いうまでもなく形だけの主権者である国民。ゆえにくだらない利権屋と帰化人が支配する国で、背後の財閥が官僚を動かして甘い汁を吸う日本である。
それも財政危機で限界点にある。野党はこぞってもっともっと借金して経済を動かせと、ばかげた主張をしている。「今だけ自分だけ、カネだけ」の与野党議員ばかりだ。亡国の日本を象徴している。
歴史を直視しない盲目の為政者も、統治される盲目国民も、権力や行政・警察を監視する能力などない。寄らば大樹の市民が少なくない。落ちるとこまで落ちるか、それとも?
2025年10月1日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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