本澤二郎の「日本の風景」(5656A)
<北京の大気汚染は解消か=仰天事情>

日本のような電波事情にないので、多少の制約は仕方がない。前回は武漢のコロナ汚染発覚で帰国した。介護手伝いを中途でやめるという不十分な結果となった。今回もまた同じような問題を抱えての訪中である。年を取ると誰もが抱える家庭問題である。
今回の北京郊外を散策して気づいたことは、大気汚染が解消した!と感じるほどの変化に驚いた。原因はだれでも市内を歩けばわかる。東京よりも、ダンプ街道の房総半島よりも素晴らしい。
走る車は、ぜいたくな中国人はみな大型の電気自動車。小さな車も走っている。なんと無人の電気自動車。ガソリン車は少ない。
電気自動車の中国に大変身していた。これはすばらしい。バス停で待っていても車の排気ガスに困ることがない。のんびりとバス停のいすで待機していても、排ガスに悩まされることがない。これは日本の多くの都市に比べても、北京の方が近代都市である。

大気汚染がこれまでの中国の致命的な欠点だったが、それがほぼ解消した。肺がんで泣いてる中国人は、以前の北京であれば、誰もが感じる。いやな北京であり続けてきた。それがほぼ解消した。乗り合いバスも100%電気を使っている。静かで大気汚染も、少なくなって日本よりも恵まれているのだ。
日本にいて大分たつが、中国の大気汚染についての北京報道を見たことがない。これは大したものである。房総半島のダンプ街道や騒音と排ガス、振動は北京で見つけることはできない。
これは画期的な成果であろう。台湾人も容認できるはずだ。百聞は一見に如かず!

永田町の靖国参拝派は北京にきて、盧溝橋の抗日戦争記念館を見学すれば、人間であれば必ず反省と謝罪する気持ちを抱く。間違いのない事実だ。のこるは電波・パソコン事情であるかもしれない。
2025年9月26日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)