本澤二郎の「日本の風景」(5656)
<中国人と中国の変化>
初めて日航LCCスプリング・ジャパンに乗ることができた。偉そうなことはもう無理だ。息子が心配して久しぶりの体験だ。格安のLCC利用者は多い。どうなることやら?そばの息子も興味半分で同伴。国内線客は多い。食事や飲み物で待機する人が多いのに驚く。時間帯からして北京行きの利用者は多い。ネット無知な人間は、無事にパソコンを使うことが出来るのかどうか。国内外の情報が無事に入手できるか?大金を使えば、いろいろな方法はあるらしいが、素人は手を出しにくい。
無事にLCC初体験はほぼ成功した。
大半は中国人旅行客。従来の中国人客の中には、威勢の良い人たちが少なくなかったのだが、今回の数百人の満席の中国人客は、静かな紳士淑女ばかり。これは新発見だった。
筆者は事前の調べで、機内食もなく、機上する前に自分で準備するしかないとわかっていた。購入を希望しても、機内に用意はない。自宅でいい加減なチャーハンをおむすび代わりにつくり、機内荷物の小さなカバンに入れた。出国後に目の前のビールのようなアルコールを購入し、これで4時間ほどのフライトに対応した。
機内のいす席は本人の希望ではなく、ほぼ強制的に決まる。運悪く通路側に座ることが出来なかった。周囲の中国人は、大半が目を閉じた。無知な初体験の筆者のみが、チャーハン握り飯と食べながら、大きな缶ビールのようなレモン水で飲み、食べた。その後にトイレに行きたくなったが、隣人に迷惑をかけまいとして、必死で辛抱したのだが、体力が許してくれない。やむを得ず椅子から飛び上がって通路に出て後方のトイレに向かった。
するとどうだろう、後部座席の数人の乗務員が「使用不可」の指示で、追い返された。驚いた、こんなことが許されていいわけがない。何度も何度も挑戦したが、その都度突き返される。おそらく30分以上か。尿毒症の不安がよぎった。
理由がわかってきた。雷雲を通過するため、万一の対応だった。それにしても厳しい。いえることは日航のトラブルはよく報道されていた。本社の強い指示に現場は凍り付いていたのかもしれなかった。終わった瞬間の爽快な気分は、他人様にはわからないだろうが、訪中回数111回目のジャーナリストも、この時ばかりは爽快な気分にさせられた。
むろんのことかの国の旅行客も耐えた。事前の教育に彼らも姿勢を正していたのかもしれない。
北京首都国際空港も変わっていた。いつもの特有の中国料理ゆえか、その匂いを感じることはなかった。入国手続きもいい加減、それでもすいすい通過できた。最後の税関チェックはなかった。
優しくなった北京の変身にまた驚かされた。外国人歓迎のメッセージに違いない。
永田町の台湾派ばかりの自民党神道派議員も訪中し、ついでに盧溝橋・南京にたつといい。
2025年9月26日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
<中国人と中国の変化>
初めて日航LCCスプリング・ジャパンに乗ることができた。偉そうなことはもう無理だ。息子が心配して久しぶりの体験だ。格安のLCC利用者は多い。どうなることやら?そばの息子も興味半分で同伴。国内線客は多い。食事や飲み物で待機する人が多いのに驚く。時間帯からして北京行きの利用者は多い。ネット無知な人間は、無事にパソコンを使うことが出来るのかどうか。国内外の情報が無事に入手できるか?大金を使えば、いろいろな方法はあるらしいが、素人は手を出しにくい。
無事にLCC初体験はほぼ成功した。
大半は中国人旅行客。従来の中国人客の中には、威勢の良い人たちが少なくなかったのだが、今回の数百人の満席の中国人客は、静かな紳士淑女ばかり。これは新発見だった。
筆者は事前の調べで、機内食もなく、機上する前に自分で準備するしかないとわかっていた。購入を希望しても、機内に用意はない。自宅でいい加減なチャーハンをおむすび代わりにつくり、機内荷物の小さなカバンに入れた。出国後に目の前のビールのようなアルコールを購入し、これで4時間ほどのフライトに対応した。
機内のいす席は本人の希望ではなく、ほぼ強制的に決まる。運悪く通路側に座ることが出来なかった。周囲の中国人は、大半が目を閉じた。無知な初体験の筆者のみが、チャーハン握り飯と食べながら、大きな缶ビールのようなレモン水で飲み、食べた。その後にトイレに行きたくなったが、隣人に迷惑をかけまいとして、必死で辛抱したのだが、体力が許してくれない。やむを得ず椅子から飛び上がって通路に出て後方のトイレに向かった。
するとどうだろう、後部座席の数人の乗務員が「使用不可」の指示で、追い返された。驚いた、こんなことが許されていいわけがない。何度も何度も挑戦したが、その都度突き返される。おそらく30分以上か。尿毒症の不安がよぎった。
理由がわかってきた。雷雲を通過するため、万一の対応だった。それにしても厳しい。いえることは日航のトラブルはよく報道されていた。本社の強い指示に現場は凍り付いていたのかもしれなかった。終わった瞬間の爽快な気分は、他人様にはわからないだろうが、訪中回数111回目のジャーナリストも、この時ばかりは爽快な気分にさせられた。
むろんのことかの国の旅行客も耐えた。事前の教育に彼らも姿勢を正していたのかもしれない。
北京首都国際空港も変わっていた。いつもの特有の中国料理ゆえか、その匂いを感じることはなかった。入国手続きもいい加減、それでもすいすい通過できた。最後の税関チェックはなかった。
優しくなった北京の変身にまた驚かされた。外国人歓迎のメッセージに違いない。
永田町の台湾派ばかりの自民党神道派議員も訪中し、ついでに盧溝橋・南京にたつといい。
2025年9月26日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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