本澤二郎の「日本の風景」(5638)
<「南京に立つ」18>
30年前の日本人の「南京に立つ」連載を眺めてゆくと、30年後の日本人と国民の代表である議会と、報道する言論の劣化が際立っていることがわかる。歴史の直視を忘れた盲目の為政者による悪政が、この国をますます悪化させている。
改憲軍拡と原発推進の核開発する原子力マフィアの悪政を廃止できる好機を、石破茂首相は党内融和を重視して、昨夜辞意を表明した。旧三木派の村上誠一郎がそばにいたのにも関わらず、結局のところ、安倍とナベツネの残党の野望に屈してしまった。米国のトランプ政権は、やくざマフィアの不法移民に対して、世界最強の軍事力を投入して、これを排除して成果を出しているというのに。
やくざに支配されてしまった房総半島は別格としても、警察が税金泥棒に甘んじてしまった以上、自衛隊を投入するぐらいの覚悟の決断が期待されていた。国民を欺いてきたアベノミクスによる物価の高騰は、主食のコメにまで及んで人々の生活を窮地に追い込んでることさえ、無視するかのように官邸を去るという。
「令和の三木武夫を」期待していた国民を見捨てた石破は、やはり軍拡の政治屋でしかなかった。
<「子や孫に中国との友好教え込む」と高松初市さん>
今はどうだろうか?君津市のみならず、木更津市や富津市も鉄の街の労働者であふれていた。ここに登場する高松初市さんは、そんな一人で元新日鉄社員。今では世界の鉄のほとんどを生産している中国だが、もとはと言えば新日鉄による技術支援が点火したためである。日本を訪問した中国の鄧小平は、君津の工場を見学しているほどだ。
日中両国民に感動を与えた映画「大地の子」の主役俳優が、確か君津市を訪問した。日中の鉄の結びつきは、国交正常化の成果ともなって、中国のインフラに貢献している。
ただ、房総半島の買い占め問題も引き起こした負の遺産もある。土地問題のトラブルには、決まってやくざが登場することになる。拙著「腐臭列島 房総半島の闇」は財閥主導のゴルフ場開発が、中小のそれを呑み込んでゆく過程で、千葉県庁の役人を巻き込んで、先行する財閥不正を暴いた内容である。市川市の中山さんとは、何度も南房総の山歩きを体験した。
こうして房総半島の自然はズタズタに荒らされてゆく。それは現在も継続している。木更津市犬成の山林に残土を不法投棄したワコーという産廃業者系列の責任者は、入れ墨をひけらしながら地元山林所有者に威圧した。つい最近のことである。
トラブルが起きれば、必ずそこにはやくざ暴力団と配下の市議・県議が登場する土地柄である。
人々は巧妙に、時にはずるがしこく立ち回りながら生きている。むろん、純真な善良な人も少なくない。高松さんはそんな一人だったと感じる。
彼は「南京城壁保存の修復作業」の新聞記事が目に止まった。1995年5月23日付の新聞だ。これが心を動かした。「いつか南京を訪問してみたい」と思っていた矢先に、朝日新聞千葉版が大きく報じてくれた「南京研修」記事だった。
高松さんの思い出には、当時筆者の訪中歴32回だったと記録してくれた。1989年12月の大平首相訪中から1995年の間に政治記者・政治評論家として32回!宇都宮さんは「機会があれば訪中しなさい。中国は思想その他奥が深い。応援するよ」とお尻をたたいてくれた。そのおかげだ。
正確には「南京・盧溝橋への平和研修」参加者50人は、幼児教育や中学高校の教師と大学の教授のほか、医師・看護師・ジャーナリスト、議員秘書と日中戦争に狩りだされた元日本兵、南京大虐殺を目撃した辻田さんと主婦や鉄道員ら幅広い仲間が集まってくれた。この場を借りて感謝したい。
<日中歴史教育の落差に泣く>
影山友子さんが広島での研修映像での「歴史を学ばせるドイツ」と「歴史の真実を忘れさせる日本」を紹介していたが、高松さんは南京大虐殺記念館を見学するうちに、日本と中国の落差を思い切り感じさせられる。
「日本人は過去の歴史を忘却し、反対に中国は人々に事実を教え込む」ことが将来にどう影響を与えてゆくのか。その答えは日本の改憲軍拡と核開発のための原発推進の日本政治に行き着く。
「中国の南京の生き証人の話を聞いたときは、日本人として非常に衝撃を受け、あふれる涙を抑えることができなかった」と率直に告白した。彼も善良な日本人の一人であった。
<養父は日中戦争で負傷し30年不遇な生活>
幼いころ、隣家のおじさんが片足をけがしていて自由に歩けなかった。原因は戦争ではなく、木こりの仕事だった。伐採中に大木に押しつぶされたらしいということに気づいた。
当時は義足らしいものがなく、その辺に転がっている木を杖代わりにして暮らしていた。一家の困窮ぶりを幼い子供でも感じた。そこの優しい長女がよく水田に連れて行ってくれ、包丁で味噌汁用のセリを摘んだ記憶が今も残っている。長男は靴屋に奉公し、次男はいつも親切にしてくれた。
高松さんの養父は、傷ついて戦場から帰ってきた。戦場は中国大陸だ。30年もそのまま過ごしたという。怒りを殺しながら生きるということはどういうことか。このことだけでもヒロヒトは許されないし、戦場に狩りだしたカルト神道の洗脳の罪は重い。それでいて反省謝罪もしないで、復活し、好戦派を名乗って歴史を繰り返そうとしている!
養父のことが、彼の南京への旅の本当の理由だった。できれば養父の怒りと苦しみと、大陸での事実を伝えてほしかった。
2025年9月8日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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