本澤二郎の「日本の風景」(5637)

<「南京に立つ」17>

一般人でも記憶している坂本弁護士一家殺害事件。9月6日が30年前、当時33歳だった坂本弁護士の遺体発見日という。今朝の報道で確認した。一家殺害犯は、カルト宗教のオウムだった。いまもカルト教団の火は消えていない。他方で同じカルト教団の統一教会も。1960年ほど前にA級戦犯の岸・児玉・笹川・正力らが立ち上げた文鮮明教は、日本政府や韓国政府、ワシントンのトランプ政権に食い込んで、現在も存続している。しかし、本国の韓国では、目下検察が本腰を入れて前右派政権に深く関与していた事実をつかんで、捜査に踏み切っている。


このカルト教団の資金は、その多くが日本の善良で無知な信者からのものだった。それを背後で擁護していた岸の孫が、何者かに殺害されたが、永田町ではその残党と支援するナベツネ残党が「石破おろし」に賢明だ。改めて誰しもが、カルト教団の恐ろしさをかみしめている。

オウムの場合はソ連崩壊後、モスクワで核兵器技術者をスカウトしていたこと、はたまた豪州の大地から、核の材料であるウラン採掘にも手を出していた。オウムにも自民右翼が支援していたことが判明している。カルト神道を岩盤としている自民党に、それでも明日はあるのだろうか。


無知は犯罪である、沈黙は共犯者だと声を上げないと、日本列島は沈む。今がその最中ではないか。歴史を直視し、その教訓を生かして現在と未来を生きる善良な軍団は、カルトに屈することはない。


<木更津高専名誉教授の中村強さんは「軍国主義の残酷さを今に伝える記念館」と断罪=やくざが当選する房総半島裏事情初公開>

木更津高専は5年生の高校というぐらいしか知らないが、よくそこに通っていた政治家と秘書がいた。戦前の軍国主義の時代に首相になった田中義一の長男・龍夫。満鉄勤務を経て戦後政界に出て、福田赳夫の側近として知られる。彼の金庫番が中内節子という女傑。

「日本は天皇中心の神の国」と狂気の発言をした神道派の森喜朗元首相も、彼女に頭が上がらなかった。


その中内が木更津生まれの筆者に向かって、わかりやすい日本語で「なぜやくざが国会議員なの」とくぎを刺してきた。反論などできなかった。岸もそうだが、この田中も当時千葉3区選出の千葉三郎の戦前の東京帝大の後輩。千葉の金庫番の寺部かつ秘書が「うちに運転手として統一教会勝共連合から運転手が派遣されてきた」とこっそりと打ち明けた時があった。「油断するな」である。要するに統一教会は、千葉の動向を掌握していたのだ。


岸と読売の正力、右翼暴力団の児玉、笹川が育成した統一教会に、身内のはずの千葉も監視され、抑え込まれていた、ということになるだろう。この脅威のカルト教団は、房総半島にも根を張っていたことになる。

肝心のやくざ代議士だが、岸の別動隊・台湾派の青嵐会の有力メンバーでも知られる。彼の米ラスベガスの150万ドルとばく事件は、統一教会の文鮮明夫妻にも影響を与えていたらしい。韓国検察の捜査が、彼らのとばく事件を明らかにするかもしれない。


カルト教団は犯罪集団なのだ。公明党創価学会が大量の票をやくざややくざ系に流していたということは、創価も明らかにカルト教団と分析可能だろう。そこに富津のチンピラやくざが入信し、介護施設「かけはし」を立ち上げて、やくざに無知な美人栄養士を誘い込んで「木更津レイプ殺人事件」が起きた。


警察庁長官が一昨日、都道府県の本部長らを集めて「規律が乱れ、警察の機能が働いていない」と痛々しい限りの訓示をしたが、それは千葉県警と木更津署にも向けて発したもの、と筆者の耳には届いている。

「犯罪もみ消しの木更津署」を地元の有力者は、何度も目撃している。最近ではやくざ浜名の強姦殺人事件は、全国的に誰もが知るところとなった。被害者の遺族がなぜ告訴しないのか。「やくざと政治の口封じ」疑惑が持ち上がっているが、当然の理由だろう。


<房総半島・日本国民は南京に学べ>

木更津高専の中村強さんは、30年前の南京訪問で「日本軍国主義の残酷さを今に伝えている」と率直に断罪した。一度は「市長選に出ろ」と口説かれたこともあったのだが。誰もがやくざ暴力団にひるんでいる。

「木更津市議はみなやくざを怖がっている」と言葉少なに明かした市議がいたが、確かなのであろう。やくざ系市議会は、やくざに飼い慣らされたような市民の敵ばかりが目立つ。袖ヶ浦市も同様だ。君津安房郡市にも及んでいる。


岸の悲願に賛同した悪党らが小選挙区制強行の決定打となった。もう先がない小沢一郎は、猛省して悪魔の選挙制度改革に動く責務があろう。河野洋平も同様である。そのせいで、出来の悪い二世三世議員ばかりだ。国民に目を向けるような命がけの政治家がいないか、極端に少ない。


日本国民は南京に立て!それが日本沈没を回避する道であろう。中村さんは、上海からの特別急行列車「紫金号」、上海の人口が1300万人で東京都を超えていること、日本軍が南京に攻め入った1937年12月12日以降も、2か月にわたって略奪と殺害30万人のことを観光ガイドの説明をメモしていた。

我々一行の南京制圧当時の当事者・辻田照二さんは「3か月後でも強姦殺人と揚子江上での銃殺が繰り広げられていた」と証言してくれていた。この記念館が建設されたのは1992年。国交正常化から20年にして、日本の右傾化が始まっていたことになる。泉下の田中・大平の嘆きが伝わってくる。大平の地元から政界入りした国民民主党代表の玉木は「9・3パレードに参加した先輩の鳩山由紀夫を非難していた」というから、野党も右翼化の波に竿さしているのだ。過ちはまた繰り返すのだろうか。善良な日本人はいま泣いて抵抗している!


<木更津高専教授の記念館見聞記はこの世の地獄>

「自分の娘が日本軍に連れ去られ、行方不明になった娘の母親が探し歩く姿の像。また焼き殺された死者、次に生き埋めされる死者、強姦された後、腹を切り裂かれた女性、赤ん坊を母親がかばいながら死んでいる姿、銃剣で串刺しにされている死者、これらは皆非戦闘員であることがはっきりとわかる」

善良な日本人教師の中村さんの鋭い視線は、むごすぎる民間人への日本軍の殺戮写真を記録していた。これらは日本軍人の記録写真である。そのネガは南京の写真館に残っていたのであろう。

日本人女性の見学者は涙を流しながら、目を伏せて貴重すぎる記録写真映像から、逃げるように立ち去るしかない。


<カルト神道教育の結果か>

盆踊りや秋祭りのお祓い原始宗教は、現在も自治会の公金を詐取しながら繰り広げられ、無知蒙昧の氏子集団が参加しているという。狂気というよりも漫画の世界のことが、彼らの先輩によって中国大陸で、ごく普通に起きていたことになろうか。空前絶後の戦犯を「英霊」だと祀る靖国神社の、形容しがたい罪業に参拝するカルト神道派の一部自衛隊員にとって、過去はどうでもいいことなのか。

しかし、国際社会と中国人民14億人は記憶している!

中村さんは「今回の中国訪問の旅は、今まで書物で読み、聞き、教えられたことよりも、まさに天地雲泥の差があったことである」「私の目は涙で一杯となり、言葉にならない場面もあった。教員として、死者は何も言えないが、それをくみ取り本音の教育によって、若者に伝えることのほうがより重要なことだと、率直に思わずにはいられない」と結んだ。

今日は特に涙が五体に流れるような中村日記だ。感謝したい。

2025年9月7日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)


法曹人はカルト教団に屈しなかった坂本弁護士見習え!

 オウム真理教幹部らに殺害された坂本堤弁護士(当時33歳)の遺体発見から30年となった9月6日、発見場所の新潟県上越市にある慰霊碑前で追悼式が執り行われた。