本澤二郎の「日本の風景」(5616)

<国家神道・教育勅語で家畜同然狩りだされた300万の無念>

朝鮮半島を植民地支配した戦前の日本軍による暴力支配、中国大陸の旧満州に傀儡政権を樹立した関東軍の暴走と、続く日中戦争での中国人大虐殺や生体実験を、正当化する人や手段はない。天皇制国家主義下の日本軍国主義を、しっかりと直視する日本人であり続けるしか、隣人と関係を正常化する道はない。100年200年かけても。

人類にとって戦争ほど悪辣で、弁護する方法はない。ひたすら反省と謝罪で「戦争しない国と国民」を納得してもらうしかない。人の道はない。土足で押し入って命と財産を奪った大罪を解消することは、至難の業である。「私は関係ない」とうそぶいた政治屋を記憶している。


戦争の正当化はできない。袖ヶ浦市陣場台のやくざ系産廃業者によるフクシマ核汚染ごみ不法投棄事件でさえも「家族さえいなければ日本刀で押しかけたい心境」と異様な怒りを口にした住民もいたことを記憶している。悪辣な産廃業者に山林を売った5人のうち2人は袖ヶ浦市の環境部長・議会事務局長。悪人を引きずり込んだ人物は、袖ヶ浦市のやくざ系の幹部だった。


「戦争犯罪を解消するためには、歴史を共に直視するしかない。青少年に対する学校教育で。中国はやる。日本もそうしてもらいたい」と真摯な心情を吐露した李克強の言葉を忘れない。

昨日の8・15靖国参拝の自民党安倍派残党の発言は、極右の傲慢な言い分で、彼らは「台湾有事」を声高らかに叫び、改憲軍拡の戦争準備に突っ走る危険極まりない輩ばかりだ。

命を捨てよと強いられたヒロヒトの日本兵は、日本列島に侵略し、女子供を殺戮する侵略軍に立ち向かった者たちではない。幼くして国家神道と教育勅語で「天皇のために死ね」という恐ろしい悪魔の教えを、小さな精神に叩き込まれた日本人がすべてだった。


<国策(侵略・植民地支配)の強制動員に大義なし>

「欧州の陣取り合戦に学べ」などといえるはずもない。中国の南京・盧溝橋・ハルビンなどを歩けば、ヒロヒトの軍国主義の爪痕をだれもが知ることができる。資料・証拠は腐るほどある。

筆者は1978年の大平正芳首相、ついで中曽根康弘首相の訪中時に、特派員として大陸の大地を踏んだ。以来、110回を数える。大半が大学での講義が中心だったが、学生の日本語力に圧倒され続けた。優秀な中国人は無数に存在する。


安倍の極右らが、侵略や植民地支配を「国策」だと強弁しても無駄なことである。明治の近代化は、方向を間違えた。悪魔の道を突き進んで、敗北した。8・15無条件降伏を総括して、昨日の戦没者追悼式で天皇は「深く反省」と述べた。天皇を尊崇する極右は、国家神道と財閥の復活で、おそろしく威勢がいい。

歴史を直視する石破茂の80年談話に期待したい。極右に屈するなかれ、である。


<復活した国家神道の靖国排して千鳥ヶ淵に無宗教施設>

国際社会から「戦争神社」と呼ばれている靖国神社は、国家神道の流れを汲んでいる。外国の要人が参拝することはない。無宗教の千鳥ヶ淵墓苑に300万の悲劇の死者を祀る施設を作ってはどうか。これは福田康夫の思いである。

福田の偉いところは、黒幕の笹川ギャンブル財団に屈しない点である。国際社会では、日本を代表する元首相として評価されている。福田の戦後外交の師匠は、護憲リベラルの宮澤喜一と認識している。石破か村上誠一郎は、福田の意見を聞くとよい。鳩山由紀夫もまともな政治センスの持ち主だ。


8・15報道から参政党の暴走が目立つ。「背後は笹川ギャンブル財団」との指摘は本当らしい。統一教会とも一体だろう。国交省の大改革が不可欠だ。

日本は、行政と財政の大改革が不可欠だ。中小企業いじめの過酷な税金は即刻改めよ。国民と国家に身をささげる有能な官僚100人チームを立ち上げてはどうか。不要な組織、有害な組織、やくざとグルの改革警察も喫緊の課題である。

2025年8月16日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)