本澤二郎の「日本の風景」(5585)
<朋あり遠方(富津市)より来る また楽しからずや>
やくざややくざ系首長と仲良くして、甘い汁を吸って左うちわの市民もいれば、その反対に「世のため人のため」に正義の大道を歩む者もいる。昨日の夕刻前に突如、予告なしに訪問した富津市の神子悟、袖ヶ浦市の海老根敏夫さんは、後者の人だった。台風5号の大雨がやんで、西の空が明るくなった隙を見て、食料品を買い込んでそれらを冷蔵庫に入れている最中に玄関のベルが鳴った。
茶も入れる術を知らない茅野村の仙人は、狭い玄関先の石ころの上に腰かけてもらい、蚊を叩きながらの失礼な応対となったのだが、名刺交換すると、御両人とも正義の比例区の森ゆうこの応援団だった。「野田は怪しいが、森ゆうこはすばらしい候補。立民の1位で当選させたい」という二人のささやきに同意した。
本来であれば、野党第一党に有権者の支持が圧倒的に集中するはずだが、党首の選択を間違えたため、勢いは大きくない。しかも、子孫にツケを回す積極財政という時代錯誤の経済政策では、次世代を生きる若者の理解を得られない。「今だけ自分だけ」では、地獄に真っ逆さまに落ち込んでいる日本再生は期待できない。
<神子悟、海老根敏夫の森ゆうこ応援団=トップ当選に賭ける>
したがって有権者は、政党よりも個人に的を絞るしかない。その点で検察審査会の闇を国会で、ひるむことなく徹底的に暴いた森ゆうこの正義に、筆者のみならず警察や検察にいびられて泣いている房総半島で人気が浮上している。
特にやくざが跋扈する半島の「核汚染ごみ不法投棄事件」に頭を抱えている千葉県の心ある有権者は、この問題を森ゆうこの力で解決してもらいたいと、既に本人と秘書の関熊正文に直訴済みだ。政府を牛耳る原子力マフィアの暴走を暴き、1日も早く原状回復を実現しなければならない。この日、参院議員の青木愛を支える日景省吾秘書は、食事抜きでハンドルを握って、命の限界と奮戦していた。
<絶版本「平成の妖怪 大勲位中曽根康弘」3冊と「腐臭列島 房総半島の闇」計1万円>
神子は「腐臭列島 房総半島の闇」(データハウス)がほしい、といって1万円札を押し付けてきた。この機会に絶版本の「平成の妖怪 大勲位中曽根康弘」(健友館)も贈呈した。
この「平成の妖怪」は、改憲軍拡原発推進の中曽根と彼の盟友・読売新聞の渡辺恒雄に対する護憲リベラル派による抵抗本である。
戦争阻止がジャーナリストの使命だ。恩師の宇都宮徳馬を裏切った両者に、厳しく警鐘を鳴らしたものだった。
案の定、彼らは筆者の糧道を断つという卑怯な手口で圧力をかけてきた。大学教授の機会を奪い、テレビ出演を封じ込めてきた。生活の糧を押しつぶして貧困生活を押し付けてきたのだ。ナベツネは、ペンと暴力の二刀流で日本の言論界も牛耳っていたのだが、一般人は知らなかった。
安倍の長期政権も岸田内閣もすべてナベツネの悪しき実績で、今日の日本沈没の大罪人と断罪できる。彼の母親は君津市小櫃の出身。隣村の茅野村からは、神童・松本英子が亡命先のアメリカで、戦争できない非戦論を提唱していた。今から100年前のことだ。彼女は、明治以降最大の英傑・思想家である。
筆者が「茅野村の仙人」を名乗る理由である。神子の1万円は「平成の妖怪」本による貧者への同情でもあったものか。
<「木更津レイプ殺人事件」犯やくざ浜名は富津出身!>
3本指の入れ墨やくざの浜名は、介護施設「かけはし」を木更津市で経営している。なぜやくざが厚労省認可の福祉施設の認可を取れたのか。事情通は「公明党の政治力」と断定する。最近になって「当時の公明党の木更津市議が引退すると雲隠れ」という話が創価学会筋から届いた。
浜名逮捕を封じた政治力も予想がつくだろう。君津安房郡市の闇は、徐々に暴かれている。木更津署の闇・千葉県警の闇。そして千葉県庁の新たな闇も浮上してきた。
「ハマコーの父親はOOのように大きくて、富津の廃品回収業で際立っていた」という新たな証言も飛び出してきた。
<ナベツネ・中曽根退治で糧道を断たれ客に茶も出せず>
それにしても、正義のペンをへし折られた貧者の正義は、それでも抵抗は続いて何も変わっていない。毎日正義のペンを、ジャーナリストらしく貫徹して折れることはない。
訪問客との対話から、小さな庭と菜園をきれいにしないと「蛇の巣」になると教えられた。周囲の農薬耕作地の害虫の棲み家だけでは済まない、ということらしい。御園家のようなほれぼれする庭とは、生涯縁がないのだが、それでも雑草だらけだと確かにまずい。草刈りに精を出さなくてはならない。
我が家の庭には、朝鮮の花で有名な木槿(むくげ)の花がきれいに咲いている。侵略・植民地支配の戦前と戦後の混乱期に、多くの朝鮮人が「望郷の思い」から植えたものであろう。そのうち海老根宅にも。神子は君子蘭の大家で知られる有名人だった。一度大病から生還した人は花を愛する。夫を戦場で無くした「木更津レイプ殺人事件」被害者の影山T子さんは、戦争遺児として戦争神社の靖国参拝を拒否、母親の戦争未亡人の助産婦もまた硫黄島戦線で海の藻屑となった。二人とも庭を花で囲んでいた。T子さんは庭をバラで父親を偲んでいたという。
戦争遺児も戦争未亡人も、君子蘭を知らないままこの世を去ってしまった。しかし、富津市にも正義の人がいたことを知った、また楽しからずや。
2025年7月15日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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