本澤二郎の「日本の風景」(5577)
<フジ・日枝久の人事独占と読売・ナベツネとの落差>
保守の保守・右翼テレビのフジについて興味はないが、昨日の時点でようやく日枝久の正体の一部が、当事者から噴き上がったので、参考までにその記事を貼り付ける。言論は民主主義を体現する大事な職業である。日本の権力が正常に機能しているのか、この監視機関任務を帯びている。権力の不正腐敗を暴くことが、新聞テレビなど言論の大事な使命である。司法・立法・行政に次いで、第4権力と称されるゆえんだ。正義と勇気の塊でないとジャーナリストは務まらない。
(フジテレビは7月6日、元タレント中居正広氏(52)をめぐる女性問題に端を発した「フジテレビ問題」をめぐる検証特番「検証 フジテレビ問題 ~反省と再生・改革~」(日曜午前10時)を放送した。3月27日、同局は日枝久取締役相談役(87)の退任を発表した。日枝氏の会長時代の07年から社長に就任した豊田皓氏が書面で取材に応じた。「当時は役員の指名も報酬の決定も日枝氏が行っており、今でいう『役員指名ガバナンス』も『役員報酬ガバナンス』も機能していなかったことは事実だと思う」と回答した。さらに「日枝氏とその他の役員には権力格差が存在していた」と指摘。「多かれ少なかれ、忖度(そんたく)はあったと思う」とした上で「1人の人物が長い間、権力を握り続けると必要以上に権力が強くなり、権力におもねる『取り巻き』『茶坊主』が増殖する。結果、権力者には耳に心地よい話しか入らなくなり、経営判断を誤る時がある」と指摘)
以上のことから日枝のワンマン・独裁体制が見える。彼の配下は茶坊主でないと務まらない。自尊心のあるものは退社するしかない。日枝もまた言論人失格を意味する。
<日枝とナベツネは月とスッポン>
言論界のリーダーには、公正な人事が不可欠である。不正腐敗を許さないという正義の観念を貫徹できないと、ジャーナリストは務まらない。日枝や読売のナベツネ体制の下では、本来は有能な記者が排除される。茶坊主・ゴマすり記者のフジテレビと読売新聞と日本テレビと言えなくもない。
こうした独裁的新聞テレビの場合、広告を出す電通などは広告費を出すスポンサー企業に歓迎される。例えば、筆者が直接関係した東芝の医療事故死事件では、驚くべきことに読売の社会部記者が自宅に押しかけて単独取材をした。その時点で「さすが社会部の読売」と評価したのだが、なんと読売は一行も記事にしなかった。
「初めての財閥の医療事故」として刑事告訴、警視庁が受理という大きな社会部ニュースを読売も日本テレビも、そしてフジテレビも報道しなかった。電通と東芝に恩を売って報じなかったのである。日枝のフジも、ナベツネの読売と日本テレビは、東芝と電通に屈したことになる。
警視庁に刑事告訴したその日には、警視庁詰めの社会部記者が勢ぞろいして、筆者の記者会見に参加した。記事にしたのはTBSテレビと朝日と東京新聞だけだった。産経新聞はネット記事を流した。朝日と東京にしても「財閥病院が医療事故で初めて刑事告訴」という当たり前の見出しを使用しなかった。扱いは小さかった。この時初めて、新聞人でありながら「スポンサーの圧力」という現実に絶句した。
<スポンサーに貸しを作り広告で荒稼ぎする読売とフジ>
筆者の政治記者時代には、フジサンケイにも、むろん読売新聞にも真っ当な記者はいた。我が政治部の後輩が「週刊読売」記者に転向すると、彼のために政界のインサイドものを週1回書いたりしていたのだが。
言及するまでもなく、ナベツネに比べると月とスッポン、日枝は小粒だ。彼は政治記者をしていない。筆者のカンだが、日枝はナベツネの子分でしかなかった。それはNHKの海老沢との腐った関係である。財閥からNHK会長に送り込んだ黒幕もナベツネに違いない。NHKが公共放送から墜落した背景も同じであろう。要するにナベツネは日本の言論を殺した大悪人である。
<宇都宮徳馬の弟子にいやがらせ=ついには糧道を断つ>
何度も言うが、ナベツネは学生運動にのめり込んでいた関係で就職することが出来なかった。助けたのが平和軍縮派の宇都宮徳馬だった。宇都宮の存在無くして、敗戦後のナベツネは存在しない。しかし、彼は政治部に籍を持つと、戦前派A級戦犯に急接近して宇都宮を裏切った。彼は戦前の内務官僚・正力松太郎にぶら下がって、戦後右翼の人脈に潜り込んだのだ。
左翼から右翼に転向したナベツネは、背後に児玉誉士夫を控えさせて、読売の階段を駆け上る。およそ善人のかけらなどない。
ナベツネの前任政治部長の多田実と親しかった筆者は、共に親宇都宮として数回一緒に訪中した。多田は硫黄島玉砕の生き残りの幸運児で知られる。平和主義の三木武夫と親しかった。
ナベツネの最大のライバルが多田だった。しかし、ナベツネは多田を日テレのキャスターに追い出すと、もはや敵なし。茶坊主以外を地方に追いやった。結局、彼は二松学舎大学教授になると、後釜に筆者を迎えたのだが、当時、既に筆者はナベツネの盟友・中曽根を「平成の妖怪」というタイトルで、戦前の天皇制国家主義を批判する本を出版していた。むろん、ナベツネはそのころから筆者をマークしていたのだが、その点で執念深い彼のことについて理解していなかった。
二松学舎大学の多田後継の場面で、その椅子を奪われてしまった。中曽根とナベツネによる糧道を断つ策略にハマってしまった。しかし、二松学舎の3年間は楽しかった。憲法知らずの学生に衝撃を受けたものである。
<油断大敵=昨夕散歩中秋田犬?にかまれる>
夕刻前に幽谷の人が来訪、塚原老人が筆者のブログをYouTubeにして、わかりやすく解説した陣場台の核汚染ごみ不法投棄事件を、小型のレコード盤に挿入した資料を持参してくれた。表紙には幽谷と陣場台の航空写真が載っている。
養鶏場も太陽光も、むき出しのワコーの盛り土、近くには身障者施設やドイツ村も。水源地に311核汚染ごみにも言えるのだが、油断していると大変なことが起きる房総半島か。
その後に散歩に出かけたのだが、なんと知り合いの散歩中の秋田犬に、左足のふくらはぎを噛まれてしまった。狂犬病の心配はまずないが、一応は近くの医院で診てもらうしかない。
いつもはゴルフのパターをぶら下げて散歩するはずだったが、昨日は忘れてしまった。犬にかまれると中国などでは大事件という。
首相になる前の宮澤喜一は、暴漢に襲われ、危うく命の危険にさらされた。以来、警視庁が「パター持参で散歩」を指示された。それをまねたのだが、やはり油断大敵・火の用心である。
2025年7月7日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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