本澤二郎の「日本の風景」(5460)
<日本人は奴隷なのか?>
昨日は地元の市民団体の活動家が、木更津市や袖ヶ浦市の問題地区と山林破壊の現場を案内してくれた。そんな時に、温和で従順な日本人について考え込んでしまった。「どうしてダメなのか」と数十年前に、中国の日本研究者に声をかけたことがある。国際感覚のある彼は「中国人も同じ。アジア人も皆そうです」と即答した。
日本留学のある米国人は「アメリカに秘密はない」といって、日本の秘密だらけの社会を非難した。
都落ちして房総半島の環境・自然破壊の現場や被害住民との交流する中で、深く感じることは「日本人の奴隷根性」。世界最高の日本国憲法を手にしながら、それを活用しようとしない。無知から来ているのか、日々の生活や生まれた環境による影響なのか、ともかく保守的で従順なのだ。
戦前の天皇制国家主義・カルト神道(国家神道)が、先祖代々骨の髄まで浸透してしまって、自由や寛容、正義といったリベラリズムが確立していない、異様な「寄らば大樹」という前近代の集団主義に取り込まれている。民主主義の大木が育たないのが、なんとしても悔しい。
<低すぎる人権意識・モラル・正義心>
そういえば、日米戦争の大敗による戦争犯罪を問う日本人民(国民)の怒りも表面化しなかった。最高の政治責任者・天皇ヒロヒトを断罪する人もいなかった。これは人類史上ありえないことだったが、半島すべてと大陸の東北地方を植民地支配し、名状しがたい戦争犯罪に国際社会は震え上がって、これからもそれが消えることはない。ヒトラーのユダヤ人大虐殺に相当するというのに、いまだに南京や盧溝橋に足を向ける日本人観光客は少ない。
歴史に向き合えない民族は、同じ過ちを繰り返す。ドイツ人大統領のワイツゼッカーの厳しい指摘は、いまも生きている。
低すぎる人権意識の土壌に腐敗ははびこる。やくざ暴力団が跋扈する日本列島の最たる場所は、房総半島である。
昨日袖ヶ浦市の山間部のカメリアゴルフ場近くで、残土を投棄していた2か所の盛り土を見学した。雨水で間違いなく4、50メートル下の水田を崩壊させるだろう。熱海の二番煎じか。
その近くの山林所有者が「ハマコーは朝鮮人だ」と話したことに驚いた。筆者は最近まで、木更津市の有力者が真相を打ち明けてくれるまで全く知らなかった。彼が生涯やくざ暴力団として生きた理由は「暴力」が支えだった事情も理解できる。
この日のガイド役の若者は「房総半島の環境被害とハマコーの関係が気になってきた」と。人間であれば、自宅に土足で上がらない。他人の家だと土足で入るものだ。郷土を愛する人間は?日本人とて危ういものだ。
君津市亀山の水源地に東洋一の産廃場(新井総合)がある。50万人の水道水の源流である小櫃川が流れている。袖ヶ浦市陣場台の清流・松川は、10キロ先で小櫃川に合流して、市民の水道水になっているが、松川のすぐ近くの銅線洗浄工場の日高金属が、水銀を垂れ流していることが高谷・林地区の水質検査で判明した。県外から袖ヶ浦市に住んでいる市民活動家は、「水源地の上に垂れ流しの便所を設置したようなもの。信じられない」と悲鳴を上げている。
悲しいかなSNSで、全国に発信する正義の若者がいない。それどころか「野菜や魚が売れなくなるから騒ぐな」という市民運動内部からの突き上げも。話にならない。「敵は本能寺」という正義心のない市民も少なくないやくざ支配の住民なのだ。
<寄らば大樹=弱すぎる市民運動>
戦後の読売新聞を狂わせた張本人は、天皇の官僚・正力松太郎。その正力の指示で、渡辺恒雄(母親は小櫃出身)は正力の内務官僚の後輩・中曽根康弘の面倒をみる。もうその場面で正力も渡辺も、正義をとっくに放棄し、政権獲得に突進した。
敗戦後に農地解放が実施されるとき、中曽根は復員して警視庁にいた。彼は山林解放はないと知るや、郷里の中曽根木材に連絡して山林の大量買いを指示した。山林利権が中曽根の選挙資金に化ける。この話は千葉支局長時代、高崎出身のNHK支局長が明かしてくれたことである。
金に執着するのは政治屋の体質だが、その先に性欲と権力が待っている。そこでも正義は隠れてしまう。寄らば大樹だ。国民の習性でもある。倫理道徳も影をひそめる集団主義は、カネと権力と性欲を手にする世界でもある。
<不正腐敗にも無関心>
政治屋のスキャンダルは性欲とも関係する。70、80歳の老人にならないと、まともな人間になれない。したがって、ほとんどの女性は高齢者の老人しか安心して付き合うことが出来ない。これは宗教団体の世界も同様である。
創価学会の池田大作や統一教会の文鮮明などすべての教団の教祖らしき人物を含めていえる。先日は「バチカンの世界」の秘話を知って驚いたが、同じく神社本庁に仕える巫女も哀れだ。薬物を使いまくる老人は、80歳になっても元気印が付くと聞いたばかりだ。
社会の安定には、人間として相応の禁欲が求められるはずだが、現実は人類共通の悩み事であって日本人に限らない。ただし、これら性犯罪についての無関心は問題になる。「木更津レイプ殺人事件」を思い出す。ネットで調べてほしい。
幼児・家庭教育・学校教育に課題が多すぎる。
<憲法を勉強していない=低い向学心>
国民の人権主義や歴史認識に対する政府の政治責任は、きわめて重い。近現代史を教えない教師が少なくない。それは特に憲法教育があまりにも不足して不十分すぎる。嘉悦女子短期大学と二松学舎大学で合わせて6年間、学生と向かい合ってみて痛切に感じた。
歴史教育は中国の大学のレベルは極めて高い。中国の大学では、北京大学・清華大学・北京外交学院その他多くの大学での講義講演体験から、はっきりと断言できる。
筆者は心掛けて学生を北京や南京に案内して、歴史の真実を教えることに汗をかいた。今思うと、凡人ジャーナリストにとって望外の
となった。
<日本人は主権者=役人・政治家は召使>
日本人は、戦前においては「天皇の奴隷」そのものだったが、戦後を生きた先輩たちは、依然として「天皇の奴隷」に甘んじて、後輩を教育した。まともな民主主義を教えなかった。正しくは教師に民主主義の核心を教えなかった政治責任が問われる。
このことが、日本人の人格形成に大きな負の効果を与えてきている。日本人はこの地に生れ落ちると、主権者としての重い地位を獲得する。政治屋や役人の奴隷では全くない。政治家や公務員は、国民の召使なのである。
市民運動を眺めていて、一番イラつく点はこのことである。召使に卑下されているような市民・主権者に歯ぎしりするばかりだ。警察も議員も、市民の召使として対応する義務と責任がある。
「木っ端役人は、議員でないとまじめに対応しない」という悲鳴を毎日のように聞かされるのだが、そこには市民も主権者としての自覚が消えてしまっている。
<言論・議会の腐敗=悪政に怒らないと亡国の繰り返し>
国民の代表であるはずの公務員・議員が腐敗している。ここに原因があるのだが、彼らは主権者に対して「自分は国民の主人」という態度を平然とひけらかす。要は自身が欠陥議員・公務員であることに気付いていない。そこに双方の衝突する原因が生まれる。
筆者も引退して気付く凡人なのだが、議会人の腐敗は言うまでもなく、言論人の腐敗体質により深刻な問題があるように思えてならない。国民の怒りを正しく報じない新聞テレビ関係者が、あまりにも多すぎる。
言論人が健全であれば、世の中はまともになる。東京タイムズ記者時代には、足元のダンプ公害報道による警察の取り締まり強化・袖ケ浦市農薬大企業誘致阻止報道は、美しいものだった。今の記者は全く正義・民意を理解していない。
議会人の腐敗は自民党だけではない。公明党の腐敗も深刻だ。共産党でさえ意識の低い議員もいる。
日本は再び歴史を繰り返そうとしている。亡国の日本へと突っ込んでいる。
<米国=西部劇の世界でも自警団・市民が犯人をリンチ>
生き物は、とことん追い詰められると「窮鼠猫を嚙む」という。それでも日本人は耐える。しかし、物価高騰で飯を食えなくなるとどうだろうか。アメリカでは政権が交代した。
古く遡る西部劇の世界では、自警団を発足させて法律の不備を解消する。これを抑えるために保安官は銃をぶっぱなした。最後は被害者が、自ら武装して犯人を撃ち殺す私刑である。為政者はテロだ、と反発するが、それでも自ら命を捨てて相手を殺す。日本人は、こうした勇者はいない。
政治と言論が腐敗しまくると、どうなるか?誰にも分らない。
<消費税・物価高で怒る人々>
アメリカのホームレスの映像は痛々しい。彼らは怒る力がない。薬物で自由に動けない。メキシコ・カナダからの薬物・犯罪者阻止に賭けるトランプに対して、筆者の認識が変わった。財政破綻目前にして、バイデン予算を切り刻むテスラのCEO。日本の財務省の闇を暴き、財政法4条を生き返らせて、日本人に希望の光を!
書き忘れるところだった。ズルはマッチを1本擦って塹壕へ。
2025年3月10日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
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