本澤二郎の「日本の風景」(5865)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>83
異変!!(時事)高市早苗首相は4月24日、首相官邸で開かれたミラノ・コルティナ五輪・パラリンピックの日本選手団との懇談会を欠席した。これに先立つ表敬訪問や記念撮影には応じていたが、日程を急きょ変更した。「公務」のため?
遠いところでの「ドタキャン」ではない。足元の首相官邸での日程変更である。念のため、時事の首相動静で確かめると、同日2回も1時間以上の空白時間を見つけた。
1、同1時40分から同54分まで、小林鷹之自民党政調会長らからエネルギーの安定供給確保に関する緊急提言書受け取り。同3時25分、官邸発。同33分、東京・丸の内のパレスホテル東京着。
2、同5時59分から同6時29分まで、ミラノ・コルティナ冬季五輪・パラリンピック日本選手団の表敬。同34分から同7時まで、同選手団に感謝状授与。記念撮影。同8時19分、官邸発。同20分、公邸着。
ワシントンでの抱きつき外交の疲れか、春先の食あたりか?昔の面影は近影からは確かにない。両足は奈良の鹿を連想する細い。
<対抗する奥田ふみよは元気!屈しない!>
他方で、参院憲法審査会委員の奥田ふみよは、ひとり堂々と自維の極右・日本会議の茶番に付き合わされていた。高市に盾突く輩を片っ端から吊るし上げる動画を作成し、広くネットで報道界の裏事情に無知な国民に垂れ流し、カネ稼ぎをする嘘情報屋の動画を、わがパソコンで見つけた。相手が奥田というので気になった。
第一、彼女の父親は「ボロは着てても心は錦」のわが同輩であることも知って、余計に注目するようになった。とはいえ2度目。彼女のことを紹介してきた富津市の反浜田の正義派の第一人者・神子悟は、わがことのように彼女を周囲に売り込んでいる。
正義の目には、正義の人間が周囲にあつまる。ろくでもない人間は、自然に離反する。悪人は自然に淘汰されるものだ。彼女はいま日本会議「死の商人」や武器弾薬株に取りつかれた、守銭奴・売国奴のような憲法破壊勢力の真っただ中で、文句なしの護憲リベラル派の第一人者となって、見事な国民が理解できる、激しい怒りの言葉を発して、サナエ配下の鬼屑退治に専念し、平和国民に対して見事な戦いを動画でみせていた。しかもそれをサナエ陣営が作成して見せてくれる。
美しい旋律も、時には嵐の怒涛逆巻くような激しい国民の命の叫びを、売国・守銭奴に発する奥田ふみよの正義の叫びは、まるでベートーベンの「運命」を聞くように、ナベツネ配下の破憲議員の頭上に雷をおとしていた。山本太郎の唯一の実績は、彼女を政界におし上げた点である。
<うな重と改憲を掛けると戦争国家>
自慢ではないが、20年もの間、国会議事堂内の赤じゅうたんを踏んで権力監視・腐敗追及に専念してきた反骨ジャーナリストは、地下一階の大衆食堂と国会記者会館のラーメンで胃袋をふくらませてきた。ときおり健康重視の議会内の日本そばも。たれの山芋がおいしかった。
うな重食堂など知らなかったし、知っていても値段が高くて無理だったろう。衆参の議員会館地下一階の議員食堂では、何度か寿司を御馳走してくれた政治家がいた。一番利用した食堂は国会記者会館食堂。注文すると5分以内にできた。待たなくて済んだ。子供のころの大好きなラーメン。
それにしても憲法審査会はうな重。
指摘した奥田は民衆の味方だ。うな重の先に戦争する日本が、サナエの「強い日本」「神の国」ということになる。サナエの恐ろしい「時が来た」宣言に対して、国民の覚悟は日々強まっている。老いても官邸と国会とナベツネ本社デモに押し掛ける覚悟はできている。共同OBの三喜田さんも一緒なら最高だ!
<サンデー毎日の徳間康快取材に伊藤彰彦来葉>
昨日は午前に庭の雑草を刈る為、錆びついた草刈り機を取り出した。エンジンが動いてくれない。初めてプラグを開けて掃除したら動いた。他人任せのわが人生においての快挙。うれしくなってしまった。「横着しないでやればできる」のだ。
午後に木更津のキャデラックで20分ほどかけて、市原市の姉ヶ崎駅近くのデニーズに入った。そこで早稲田で学生運動を経て読売新聞記者、そこから週刊誌「アサヒ芸能」と徳間書店を立ち上げた徳間との出会い、他方で宇都宮徳馬が保証人になって読売にはいった渡辺恒雄、両雄の持ちつ持たれつの関係から、徳間は首都圏紙・東京タイムズ経営に乗り出すが失敗。
結局のところ、読売の渡辺は内務官僚の問題児・正力松太郎の配下となって、A級戦犯の岸・児玉人脈にのめりこむ。右翼と暴力の二刀流で、ついには読売グループの頂点に上り詰め、終身主筆で政界を改憲軍拡一色、原発推進メディアを駆使して、日本の頂点で利権の全てを掌握、正力以降は自ら背後のCIAと連携、フィクサーの地位を不動のものにする。戦前戦後の日本を言論を武器に政財界を操った渡辺を、筆者は恩師・宇都宮からツネを見聞してきたのだが、その威力は徳間など歯が立たなかった。
その蓄財力は数百億どころか、その上をいくだろう。
むろん、小さな正義では太刀打ちできなかった。徳間とツネの正体の一部を著述業の伊藤彰彦に明かすことができた。彼は友人に紹介され、本ブログを読んでくれていた。62歳の正義の物書きは理解してくれたと思いたい。ツネに糧道を断たれた反骨ジャーナリストは、懐かしいラーメン代を彼に任せてしまった。
感謝である。しかも「若い」と褒めてもくれた。「あと20年がんばろう」といって別れた。彼のような仲間が10人いたら日本の民主主義の再興は可能である。言論界の覚醒が急がれる。
2026年4月25日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)