2026年02月

本澤二郎の「日本の風景」(5803)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>20
2025年2月23日は何の日?
あまりつけたことのない早朝5時のラジオが、やけに騒々しい。ミラノ冬季五輪閉会式を、湯水のように取材費のあるラジオが、やたら騒々しくわめいていたのですぐスイッチを切った。
月曜日だというのに休日という?66歳天皇の誕生日だった。これまで自身の誕生会をしてもらったという経験がないので、不思議な感じをする仙人である。19世紀以前の王政は、二度の大戦で消えたはずだが、日本は今も継続している不思議な国なのだ。

80年前を知る人間であれば、誰もが違和感を抱くねじれ国民にあきれる。日本同様のイギリスがいま「5人に一人が飢える国に落下している」との見出しがYOUTUBEで報じられていた。
悪政の数々が列島をぶち壊しているのだが、一部メディアは島根県の宍道湖のシジミやワカサギが取れなくなった原因は、殺虫剤だと報じていた。しかし、これを「やめろ」という日本政府・農水省や薬剤メーカーへの責任追及はしない?

ナベツネのゴミ売り支配の「御用新聞化」が災いの元凶であろう。危険極まりない核エネルギーの原子力発電所を、こともあろうに大量建設キャンペーンを張ってきた責任は重い。それに屈した朝日新聞の責任もゴミ売りに負けないくらい重い。新聞が権力監視をやめると、社会は亡国へと突き進む。
その原動力となった民意を反映しない小選挙区制にある。
同じような理解者が、自民党にたった一人いた。宇都宮徳馬や筆者のような「一匹狼」の村上誠一郎だ。安倍晋三や高市早苗の日本亡国路線に、天は彼に再び金バッジをつけさせた。彼は政界一の正論を吐ける政治家である。たった一人の政治屋でない「政治家」なのだ。

<「神の国」で制圧したゴミ売り・森喜朗の恐怖の野望実現=歴史の真実>
正力松太郎は、戦犯の内務官僚から戦後新聞経営、政界にも転じたりした悪党で知られる。美しい日本を、新たな亡国へと引きずり込んできた人物が、後継者に選んだ人物が渡辺恒雄だった。彼は平和軍縮派の宇都宮徳馬が、手とり足取りして読売新聞社に送り込んだ、本来なら正義派のはずだった。すなわち宇都宮をして、真っ当な記者になれると信じ込ませることに成功した彼は、左翼と右翼を手玉に取った、今世紀最悪の人物となった。永田町の平和憲法を擁護する政治家を、破憲政治屋に変身させた。言論を武器にした世紀の悪党だったと、日本政治を足で歩いてきた反骨ジャーナリストは断じるほかない。

ナベツネは読売をゴミ売り新聞に変質させて、憲法改悪言論でもって政界、とくに自民党右派にとことんテコ入れして、保守本流の護憲リベラル派を追放し、改憲派一色に染めた。そのための秘策が、自民党政治連盟との連携だったと推認できる。すなわち、自民党候補すべてを「神の国」神棚信仰に変身させることに成功した。
国家神道復活宣言を公言したのが、岸・福田派の流れをくむ森喜朗首相。彼の口から「日本は天皇中心の神の国」と。これこそが極右・ナベツネのクーデターであった。
森の後継者が小泉純一郎。彼は「神の国」の首相として、靖国神社を参拝し、憲法20条(信教の自由・政教分離)を破壊した。ナベツネの盟友・中曽根康弘首相が、北京に対して「二度と靖国参拝はしない」と約束していたことを、森後継者がぶち壊して日中関係は哀れ壊れてゆく。小泉の倅も、歴史の教訓を無視する盲目の靖国参拝にこだわる戦争屋の仲間なのだ。

筆者の正論は一匹狼のなせる技である。同じ森の「神の国」路線をサナエも突っ走っている。これに対して仏教界から批判の矢が飛び交い始めた。これは注目したい。キリスト教会はどうか?

<「神の国」大暴走は科学万能=原発(核)は危険すぎる人類破滅エネルギー推進>
人間のする行為に完全はない。欠陥だらけだ。「もんじゅ」も不可能だった。不可能が分かっていても挑戦する極右政府は、戦前の特攻隊を連想する。「神の国」には神風が吹くという思い込みにしがみつき、それが戦後の現在にも継続していることに驚く。
狙いはわかりきっている。核武装国家にある。「神の国」を核で防御・攻撃する危険すぎる改憲軍拡野望が、正力や岸信介・児玉・笹川に共通する。極右の信念は「神の国」に収れんされる。
311核爆発事故は、チェルノブイリを圧倒する。いまでも核による被害を伏せている。もうこれだけでも東電と政府・通産省の罪は計り知れない。
貧すれば鈍するレベルではない!

311東電フクシマ原発の核爆発を忘却し、再稼働推進のゴミ売り新聞>
政府と経産省と東電のお尻を叩く偽りの言論で、相変わらず原発推進政策を継続している。ナベツネの大罪は、これからも日本を亡国へと追いやる。
21世紀の「神の国」を理解する日本人はいるだろうか?いない。まともな人間はひとりもいない。しかし、多数の国民は正義と勇気がないか、不足している。
老人に警鐘を鳴らしたい。孫や子供たちに、いい日本を残すために「声を上げよ」である。本ブログはそのために書いている。
老人こそが正義と勇気の日本人である。
暴力に屈するような人間は、人間の屑だ!

<ナベツネ「神の国」は巨大地震に無力>
はっきりと叫んでおきたい。ナベツネや清和会の「神の国」は、自然災害に無力である。昨夜から今朝にかけてのスカイツリーのエレベーター停止でさえも、人々は恐怖を覚える。長時間のエレベーター内での生理をどう処理したのか?誰もが心配する。
簡易トイレを持参しないと、安心できない社会ではないのか。

巨大地震に原発は耐えることはできない。核爆発を阻止することは人間の科学では不可能である。チェルノブイリ核爆発事故では、多くの女性から奇形児が生まれている。フクシマは隠蔽して国民に知らせようとはしていない。
そうして今も原発再稼働に突っ走っている。ゴミ売りに屈するような日本国民でいいのか。
サナエのもとで人々は戦争に怯えている!歴史を知らない愚か者は、自民党に投票し、小選挙区制のマジックに今も踊らされている。
積極財政は、亡国を100%約束させる!

<いま第二のCCS開発で100%列島破壊>
昨日もブログで紹介したが、ナベツネ言論の新たなプロジェクトが、日本列島で動き出している。第二の原発である。房総半島だけではない。
口実を設けて血税を利権にする「神の国」の官僚と財閥は、目の色を変えて無知な住民に襲い掛かっている。これに対抗できるのは命がけの反対運動のできる老人である。
袖ヶ浦市の核汚染ゴミ不法投棄事件に4年も付き合ってきた反骨ジャーナリストは、幸いなことにいまだ目が黒い。政党も役人も法曹界も無力である。「やくざと一度だけでも飲み食いしたら、彼らの尻馬になる」とは警視庁OB警部の断言である。共産党も公明党も当てにできない現在だ。そんな屑議員ばかりの「税金泥棒」に期待などできない。政治家がいない日本。316人の自民党当選議員の中で、政治家は一人しかいない。お分かりか。無知は犯罪である!

戸村一作のような人間でも、お上の暴走を阻止できなかった。成田空港のことである。先日も土地買い占めの公団OBに話を聞いたが、彼は意気軒高だった。善人は常に追いやられる社会が、危険すぎる「神の国」国家神道の日本である。
2026年2月23日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

本澤二郎の「日本の風景」(5802)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>20
全く大義のない個利個略のナベツネ流電撃解散を断行し、さらに仮病を使っての「統一教会疑惑」を回避、まんまと大量議席を得て、内心にんまりの腹黒いサナエは、亡国への積極財政でうそを連発。主権者を欺いて、無茶な予算の年度内成立を強行しようとしている。問題は仮病と統一教会疑惑を徹底的に暴こうとしない新聞テレビにある。まさしく日本のマスコミを「御用化新聞」にからめとったナベツネ流が、早苗の悪政を助けている。
政治通であれば、これくらいの分析はだれでも理解できる。しかし、新聞テレビは動かない。動けないのだ。恐ろしい言論の自由の死を印象付けている。言論が腐ると、政治はより腐敗することになる。戦争屋・サッチャーになりたいというサナエは、紙を刷りまくって122兆円という途方もない積極予算で、今だけカネだけ自分だけの戦争誘因勢力の「死の商人」にもばらまいて、1日でも長く政権を維持しようとしているという鬼の姿が目に浮かぶ。
こんな悪女に翻弄されるような日本を誰がした!そうナベツネとその配下らだ。

<九十九里町で初めて蛤定食=お上の住民説明会に参加>
サナエが公邸で疲れと心労で痩せこけた体を横たえているとき、フリーランスジャーナリストは、久しぶりに房総半島の九十九里海岸に友人らに誘われて出かけた。4、5年ぶりか。海岸線に咲き誇る河津桜との出会いは2度目だ。
目的はCCSという不思議な名称で、国民を騙し欺くような官民の自然破壊ビジネス主催の、奇怪な住民説明会を、この目で確かめようというものだった。
さすがは自然の豊かさを誇り、そこで清浄な空気を毎日腹いっぱいに吸い込んで、海と魚と共存した恵まれた人たちが、このCCSをどう排除するのか、それとも原発建設の時のように懐柔されるのか、同じ房総人として気になる。

<袖ヶ浦市は核汚染ゴミ不法投棄・およそ60万㎥>
しかも、すでに袖ヶ浦市の高谷・林地区の陣場台の水源地区は、高レベル放射能汚染ゴミがおよそ60万立方メートルという膨大な量が不法投棄されていることを地元の人たちが見つけた。筆者は地元住民の説明を聞いて、一人反骨の報道をしてきた。もう4年になるが、やくざ系暴力団と関係する木更津市のワコーという産廃業者は、原状回復をしない。周辺の住民13戸の家庭から4人が肺がんなどで死亡、その他の家庭でも大半がガン治療で泣いている。
一般論として因果関係を推認できるが、袖ヶ浦市も千葉県も逃げて住民診断をしない。
ずばり房総半島を首都圏のごみ溜めにしている悪徳行政なのである。風光明媚な千葉県は崩壊している。最近判明したことだが、地元の元やくざ代議士も、現在の千葉県知事も、半島出身の帰化人であることも発覚。郷土愛ゼロだ。
同時に、主権者の意思が無視される小選挙区制という悪法で、房総半島の首長も議員もやくざかやくざ系によって牛耳られていることも判明した。
先日も数年ぶりに会った木更津市の有力者は「木更津市はもう存在しない。ハマダ市になってしまった」と肩を落とした。

次は、新たに太平洋もごみ溜め化か?すでにフクシマ東電は、トリチウムという猛毒放射能を海中に垂れ流しているではないか。そんな思いで「町民以外の発言禁止」という、お上が設定したような住民説明会を覗いた。本来は地元の記者がそろって、まともな記事を住民に発信する場であるはずだが、その様子は全く見られなかった。

カーボンニュートラルの血税奪い取り官民ビジネスで新たな自然破壊>
最近はA級戦犯の岸内閣を知らない市民が多い。ナベツネ(本名・渡辺恒雄)のことも知らない国民が多いことも分かった。本ブログのタイトルは間違っているかもしれない。
読売新聞が戦後しばらくして、旧内務官僚の正力松太郎の手に落ち、そこから戦前の「神の国」国家神道の日本へと改憲軍拡と原発推進の世論操作が始まったことを知らない日本人が、今もいる。外国人にもいる。
正力の下で、彼の配下・ナベツネの下で、それが驀進したことさえも知らない日本人が多数存在している。そのことを本ブログの書き手も最近理解した。
歴史を忘れた日本人は、盲目の人である。今日の日本が80年前の日本に逆戻りしている真実さえも、理解していないという事実を発見した。これもまた日本の危機を裏付けている。

お上の陰謀的な血税奪いの怪しげなビジネスを、戦争屋サナエ内閣の下で進行している。危うし房総半島は、危うし日本である。

<やっとマイク、即座にCCS職員にもぎ取られる!=正体見たり>
CCSの説明会は二度目だ。最初はなんのことか理解できなかった。
今回ようやく背後の経済産業省の正体を見て取れた。彼らの天下り先の一つであるが、それが自然破壊の元凶だとすると、それは犯罪である。推進するかもしれない町長や議員に対する市民運動が不可欠だ。
住民投票だ、公正な住民投票で住民の意思を聞かねばなるまい。最低限のルールであろう。住民は地元議員の説得が不可欠となる。怪しげな今だけカネだけ自分だけの町長を排除することが、主権者の責務である。
筆者はようやくマイクを握って、正直にフリーランスのジャーナリストだと名乗り、この計画のメリットは経産省と配下の皆さんの血税目当ての計画断じたところで、彼らのスタッフにマイクをもぎ取られた。

正論は言わせない説明会だということも、CCSの正体を暴露している。お目当ては血税分捕り作戦が、政府部内で繰り返されている。主権者は油断すると、命を奪われる事態も覚悟しなければならないのだ。
2026年2月22日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

(西日本新聞)危うしサナエの内外政!!「レガシーにしたい。その一心だ」
昨年10月の就任後、初の施政方針演説に臨んだ高市早苗首相は衆院選の圧勝で基盤を固め、「高市カラー」を全開にした。持論の「責任ある積極財政」に半分を割き、経済政策「アベノミクス」で長期政権への足掛かりを築いた政治の師・安倍晋三元首相の継承を意識した政策を並べた。外交や憲法改正では安倍氏の功績を上塗りしようとする自負心ものぞかせた。

サナエのお墨付き=早くも大暴走・自民防衛族
武器輸出の拡大をめぐり、自民党は20日の党安全保障調査会の全体会合で、武器輸出を制限する防衛装備移転三原則の運用指針を見直し、「5類型」を撤廃したり、国際共同開発品の第三国移転を容認したりすることなどを盛り込んだ党提言の素案を了承した。戦闘中の国への武器輸出についても「特段の事情がある場合」は例外的に認める規定を設けた。

(共同)政府は20日、2026年度当初予算案を国会に提出した。一般会計の歳出(支出)総額は122兆3092億円に膨らみ、2年連続で過去最大となる。

本澤二郎の「日本の風景」(5801)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>19
衆参の首相指名選挙について、総選挙で圧勝した衆院と過半数割れの参院では、豊富すぎる自民党の金庫をもってしても、決選投票で早苗はいい加減すぎる保守党2人を抱き込んで、かろうじて首の皮一枚で勝利していたことが、いまも尾を引いている。サナエの暴走は参院では通用しない。
合わせて「チームみらい」という怪しげな当選11議席の不正選挙に、有権者の怒りが爆発している。100議席以上を失った立民・中道は、声も出せないくらいの敗北に依然として打ちひしがれている。
国民の意思が反映されない小選挙区制にいたぶれたものだが、それでも永田町からは小選挙区制廃止論が聞こえてこない。
それは御用新聞化した報道機関からも、小選挙区制30年の腐敗にメスを入れようとする解説記事さえも聞こえてこない。怪しげなサナエ独裁の足音だけが鳴り響く永田町である。
権力監視を放棄して、政府の不正までももみ消す少数右翼の声ばかりが、今も鳴り響く。
派閥解消だ、カネのかからない政治改革と喧伝して、A級戦犯の岸内閣が改憲のための秘策・小選挙区制を強行して30年、その効果がこれほどまでに威力を発揮したことはない。 
この30年の投票は何だったのか。清き一票が国政に反映されることはなかった。多数国民の意思を封じることで議席を維持してきたことに対する、人々の政治不信は超物価高を前に怒りの渦が鳴り響く。

<拙著「小選挙区制は腐敗を生む」が見事証明>
少数の意思で政治が動く社会は、健全とはいえない。民主主義の破綻でしかない。衆愚化そのものである。制度は腐敗した政党・政治屋と官僚が扱うため、国民の声はむなしく消し去られる。この30年の民衆の政治不信が爆発した結果が、今回の自民316議席の背景だ。
そのための秘策にナベツネの配下の者たちが暗躍した、と筆者は厳しい視線で分析している。ゆでガエル国民と政党を前にしての21世紀の真珠湾である。
全く予想もしていない衆院の解散総選挙は、むろん大義などはない。直前に官邸と連携した新聞が「号砲」を鳴らす。しかし、未明のベルにたたき起こされる子供のように目をこすり起きようとするが、まだ外が暗いとわかると、再び布団の中に潜り込む。
季節は真冬だ。ありえないと誰もが考えていたのだが、それが運の尽きだった。意表を突く電撃作戦のシナリオライターは、ゴミ売りと断定できる。背後でサナエの統一教会疑惑の証拠がソウルから発射される。そこをついたサナエの個利個略選挙は、こうして冷たい季節で人々が寒さで震え上がる時期を選んでの電撃選挙となった。
民意を反映しない小選挙区制がサナエに味方した。インターネット報道はサナエ礼賛で埋まっていた。カネがそこに流れ込む。選挙で懐が温まる新聞テレビにとって、盆と正月が一緒に来たのである。国家神道・神の国の太鼓と銅鑼が2026年の春節目前に鳴り響く。

拙著「小選挙区制は腐敗を生む」(エール出版)は、最初のナベツネ批判本である。岸・笹川・正力ら戦前派右翼と連携するナベツネの野望に、小さな凡人ジャーナリストの批判本である。

<100点をくれた反ワタツネの盟主・多田実元政治部長>
今では歴史的な意味のある自信作は、エール出版が筆者にボールを投げてくれて誕生した。
この本は1993年11月の出版。復刻版を出す出版社が現れるかどうか。反骨の編集人と平和を悲願とする出版社が現れない限り無理だろうが、著者としてはこれを学者・文化人そして日本の若者に読ませたい衝動に駆られる。
いまやゴミ売りがぴったりだろうが、以前は立派なジャーナリストが存在した。ナベツネの前の読売政治部長の多田実である。彼は政治部長時代、配下のナベツネ(多田はワタツネと呼んでいた)の素顔を知り、その危険すぎる体質と人脈に警戒するようになる。
児玉・中曾根との深い仲については、ジャーナリスト以前の問題を抱えていた。平和派閥の三木派担当記者でもあった。彼も千葉県出身だ。どうして親しくなったのか、もう記憶にはないが、彼は学徒出陣で硫黄島玉砕の戦場で生き抜いた幸運児でも知られた。
筆者と同じ苦学生が学ぶ御茶ノ水の中央大学法学部の出身。母校の白門は、東大の赤門に対抗したものらしい。机もない貧しい家庭で育った筆者は今もそうだが、母校の数え歌の歌詞の一句が好きだ。それは「ボロは着てても心は錦」。筆者の座右の銘である。
母の父が亡くなる枕もとで「世のため人のためになれ」と励ましてくれたことも忘れがたい。貧者の倫理であろうか。血も涙もないやくざ暴力団のそれと比較すると、天地の差がある。
新聞記者になりたてたころ、「株は犯罪」と教えられ、その思いは今も。在京政治部長会の知り合いが株転がしをしていたことを知って驚いたものだ。
中大法学部を選んだ理由はたった一つ、それは私学で一番学費が安かった。ただそれだけの理由だった。思えば勉強らしい勉強をした記憶がない。ある意味で幸運児だった。

あれこれと忖度なしでペンを走らせる、それが反骨ジャーナリストの地位を不動のものにした。それだけである。ナベツネとは真逆の言論人である。そんな拙著を本屋で見たのか、多田は「よく書いてくれた」と絶賛したのだ。彼は右顧左眄するような人物ではない。

「小選挙区制は腐敗を生む」を絶賛してくれた多田との交流は、この本のおかげか。ことのついでに言うと、筆者が断固として追及している「木更津レイプ殺人事件」犯人の富津市生まれのやくざ浜名に強姦殺人を強いられた美人栄養士の影山T子の実父も、硫黄島戦線に赴く運搬船を、米軍機の爆撃を受けて沈没。船と共に海の藻屑となって非業の死を遂げている。彼女は戦争遺児である。木更津市フクタ中学校近くの、戦争未亡人が建てた墓地は、いまは遺族が掘り起こして、どこかに移動してしまった。やくざ犯罪の恐怖を裏付けている。

<小沢一郎と石井一の過ち決算>
本のはしがきで筆者は「細川内閣は非自民・第二自民と称される。看板は変わったものの、影の主役は自民党最右派の小沢党(新生党)」「小選挙区制になればカネがかからない。政権交代も可能」と小選挙区制推進論者はしたり顔にいうが、多少とも政治の世界に首を突っ込んだものでさえあれば、小選挙区制導入の真の狙いがそんなことではなく、平和憲法を改正・改悪しようというものであることは明白だ」

「ナショナリズムの高揚」「軍拡を前提とする改憲潮流に対して、ワシントンも北京も懸念を寄せている」「無視すれば日本の孤立化を招く。戦前回帰でしかない」

「宮澤喜一前首相も指摘しているように、小選挙区制は社会に対立、対決ムードを招き寄せるだろう。政界も経済界も先鋭化する。社会の不安定化を増大させる」

「彼ら右派は決して改憲のために小選挙区制が必要と本音を語ることはしない。恐ろしくしたたかなのだ」「本書で小選挙区制を真正面から論じようとしたのは、戦争への傾斜を阻止することこそ言論人の最低限の責務と思うからである」

1993年と2026年の本澤二郎は、寸分もたがわない。この悪法に強力に汗を流した石井一は、亡くなる前に反省と謝罪の本を書いている。石井は政治家だ。小沢一郎は政治家と呼べるだろうか?

<政治の偽善の皮をはぐ=言論人の責務>
あとがきでは「あらゆる政治行為は、政党や利益団体の利害に基づいているものだが、そうした生々しさを隠すために国民に向けては、常に甘い言葉でカモフラージュされている。この偽善の皮をはぎ、隠された真意を解き明かすことこそが、政治ジャーナリズムの役割と義務である」と締めくくっている。

サナエを必死で持ち上げるゴミ売り、すべての新聞テレビである。偽善の皮をはいで、主権者に見せるという言論の使命を忘却したナベツネ御用新聞化の犯罪性は、断じて許容できない。
復刻版で若者だけでなく「小選挙区制は腐敗を生む」を読ませてもらいたい。
われは祖父の約束を破ってはいない!
2026年2月21日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

愚かな松本文科相!
中国大使館の歴史教科書批判 松本文科相が反論「検定は客観的な資料に照らして実施」
中国に次いで日ロ関係もゼロ
[モスクワ 20日 ロイター] - ロシア大統領‌府(クレムリン)は20⁠日、日本のロシアに対する「非友好的な」姿勢​により日ロ関係はゼロに低下しており、‌平和に向けた対話は進行していないと表明した。
米国最高裁は日本と天地の差
【ワシントン共同】米連邦最高裁は20日、トランプ政権が各国・地域に課した「相互関税」などの関税措置を違法とする判決を出した。政権が法的根拠とした国際緊急経済権限法(IEEPA)は、大統領が関税を発動する権限を認めていないと判断。政権側の敗訴となった。関税を経済政策の要と位置付け外交上の武器としてきたトランプ大統領の強硬路線への逆風となる。

本澤二郎の「日本の風景」(5800)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>18
ナベツネ流電撃2・8総選挙から10日ほどたつ。いまも316議席と不正選挙に振り回される、80年前の歴史と憲法に無知な国民は、右往左往の日々を過ごしている。永田町には政治に無知な66人の新人も。顔と名前が一致しない政治屋の交通整理は、第三者が考えるほど容易なことではない。60余人の大世帯になった麻生派の半ぼけ老人と、厚化粧で目じりにしわを寄せる小娘の確執が、早くも露呈している。どちらが早く腰折れるか?体力と健康勝負が続く。
野党が消えてしまった分、自民内部の死闘はいたるところで、温泉地の噴き出し口のようにぶつぶつと煮えたぎっている。破れかぶれのような貧者群は、超インフレ・物価高騰へと突入する紙切れ乱発の「積極財政」による亡国政策に対して、主権者として少しずつ理解を深めてきている。

<吠える第二弾は執念の戦争国家への改憲道>
今朝の気になるニュースは、やはりナベツネ読売の見出しだ。「高市首相、憲法改正の発議に「期待」表明へ…2月20日の施政方針演説・与野党の「建設的な議論」も促す考え」と。内外の意表を突く真珠湾攻撃のような冒頭解散をスクープしたゴミ売りの、官邸向けの連帯第二弾だ。
ご存じ次なる正力・ナベツネの執念の野望実現が、目の前に用意されている。戦争国家・核武装国家への野望をちらつかせているのだが、何人の日本人が真相をつかんでいるのだろうか。
日本の危機は、依然としてゆでガエル・今だけ自分だけカネだけ人間が、井の中の蛙のように飛び跳ねて、真実に気付いていないことだ。あたかもヒトラーのワイマール体制崩壊過程と歩調を合わせているではないか。「無知は犯罪」であることが、中学生でも理解できるはずなのだが。

ナベツネが切り崩したNHKは、相変わらず株の高騰と沈まない太陽を喧伝している。ネットでは相変わらず極右資本を使ったサナエ宣伝が圧倒して、若者たちの脳を操ろうと懸命である。
主権在民の日本は、依然として道遠しか。

<廃品回収業からやくざ暴力団稼業、そして政界入りの富津市での10人会>
昨日の風は冷たかった。やくざのメッカで知られる東京湾に面した富津市から声がかかった。御園家の高級車で現地に向かった。東京湾の風も冷たい。冠雪の富士山は大きく見えたが、多少かすんでいた。近くの火力発電所の煙は、もくもくと煤煙をまき散らしているが、人々はなれきってしまったのか、誰も文句を言わない。既成事実に弱い国民性は怖い。

10人ほどが集った。野党のベテラン参院秘書や木更津市議、コメつくりに精を出す若者などさまざまだ。ベンツの新車で乗り付けた女性経営者もいた。みな地元の神子悟(大佐和工業経営)のやくざを恐れない面々による10人会だ。

<なぜ新聞も野党も不正選挙を問題にしないか?>
時々神子の鋭い政治分析に驚かされる。
彼は「チームみらい」という初めて聞く政党が、11議席を得たという不正選挙事件を紹介しながら、なぜマスコミも野党も問題にしないのか。自民党派閥記者歴随一の筆者は、あまり小さな政党に対して関心が低い。しかし、指摘されるとまさにそうだ。
問題の「ムサシ」という自動開票器の闇を取材したことがある。期日前投票箱の保管にも疑惑アリだ。票のすり替え、有権者の大移動事件など日本の選挙システムは穴がいっぱいあいている。

<なぜ千葉12区に候補を立てなかったのか?>
やくざが跋扈する千葉12区について「立民は公明党と共闘したのだから、やくざ系現職候補に対抗馬を出さなかったのか」という素朴な問題提起を、筆者が行った。
大量得票で楽勝した現職は、再び創価学会票が流れているはずだが、参加者の関心が低い。
筆者は郷土愛を持てない。理由はやくざややくざ系に清き一票を投票する有権者を許せない、そのためだ。したがって郷土愛という当然すぎる愛情が起きない、と重ねて指摘したのだが。

<カネない?公明創価金庫には大金あり>
目の前の市議は口を開かない。立民参院秘書は、事情をよく知る立場から、やや怒り気味に口を開いた。
「カネがねえ」の一言だった。
むろん、納得できない。カネは公明党創価学会の金庫に膨らんでいる。立民・公明+共産で対抗すれば勝てる選挙だった。今も納得できない。

これには本ブログも関係しているだろう。「木更津レイプ殺人事件」である。これこそが公明党創価学会の一大スキャンダルだ。表面化して、これをマスコミが記事にすれば、公明党を崩壊する起爆力がある。
富津市生まれのやくざ浜名は、木更津市の美人栄養士強姦殺人犯人である。彼はまた創価学会員で、木更津市の介護施設「かけはし」の実質的経営者。
もう10年も経つのに木更津署と千葉県警は、犯人逮捕をしない。公明党の横やりに警察が屈しているという重大疑惑が浮上して久しい。

この重大事件をちらつかされると、公明党創価学会は委縮するという構図が伏線となっている。候補擁立を避けた真相であろう。自公連立下では、警察は容易に屈する。伊藤詩織事件の犯人のTBS強姦魔を救済した中村格は、何人もいる警察庁である。

<「木更津レイプ殺人事件」もみ消し疑惑の発覚恐れ=背後でやくざ動く?>
この事件は、筆者が徹底取材したもので自信がある。すでに100回前後、雑誌やブログで報じてきた。
筆者をやくざ退治のジャーナリストに転進させてくれた原動力である。浜名を死刑か終身刑にさせる責任があるのである。
昨今ではやくざの宗教法人買いや信仰者に変身して、市民社会で悪行を繰り返すための巧妙な手段として知られる。真実を知った以上、徹底追及をやめる無責任なことはできない。この界隈のやくざを取り仕切る人物が、加藤健吉という元千葉県警刑事であることもわかってきている。
飛躍するようだが、彼らはナベツネ言論で生き抜く輩で、房総半島をごみ溜めにしている。フクシマの高レベルの放射能を房総半島に埋設している。こんなやくざを許してなるものか!
<浜名を終身刑にせよ!>
<正義の富津市民の情報提供に期待!>
2026年2月20日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)

「春節快楽14億人の友人らに連帯の挨拶」
報道では、中国の伝統的な祝日「春節(旧正月)」を迎えた17日未明、上海市郊外では市民らが爆竹や花火を持ち寄り、大きな音をとどろかせながら思い思いに「新年」を祝った。事故や大気汚染への懸念から各地で規制の動きが強まるものの、押し切る市民は少なくなく、「年越し」の風物詩への強いこだわりがうかがえた。


2・19戦争反対国会デモ




本澤二郎の「日本の風景」(5799)
<ナベツネ御用新聞化に単身抵抗した反骨秘史>17
2026年2月18日に、戦後最も危険で先行き不透明な亡国政権が、再スタートした。無知すぎる25歳の代議士誕生は、まさしく税金泥棒の類で、第二次ナベツネ的高市内閣の正体の一部を露呈させていた。「25歳の国民の代表」など弁護の余地はない。日本の危機を象徴している。
首班指名選挙での「言論の府」参院で、過半数を取れなかったことは、与党国対の失態と今後の厳しさを印象付けた。参院・立民の森裕子ら反骨議員の、徹底した「神の国」亡国内閣の追及を注目したい。

テレビ朝日系「プラチナファミリー 華麗なる一家をのぞき見」(火曜午後7時)が2月17日に放送されたというが、高市内閣で内閣府副大臣を務める衆院議員の津島淳氏が、自身の祖父・太宰治について明かしたという。これは懐かしい。太宰の実兄・津島文治(参院宏池会)が亡くなった時、ひとり青森県の金木町の小さな家での葬儀に飛び込んだ。東京・新橋の東京タイムズ本社に戻って「井戸塀議員一代記」としてトップ記事にした。津島の実弟・修治の放蕩生活と長男は津島家の全財産をはたいての政治家生活は、今も記憶に残る。
昨今の政治屋のほとんどは、国民生活を心底から考えない、腐敗した「容易な金儲け」屋ばかりだ。
血税を懐に入れる犯罪的輩が大半である。一人ぐらい財産を投げうって、自由奔放な平和軍縮派がいないものか。血税を武器弾薬に投入し、そこから吸い上げる政治屋を見ながら暮らすしかない、仙人の神経は収まらない。いわんややくざ暴力団に屈服する、利権議員と首長の存在も、この国の前途を暗示している。

<罠にハマりやすい日本人>
思考・思索しない多数国民の暮らす「美しい自然」は、やくざ利権に破壊されて「腐臭列島」と化している。とりわけ房総半島の東電フクシマ化は、悲劇を通り越して痛々しい。
それでも地方議員も首長も声を上げ、行動しない。反骨の住民も、議員も市長も知事もやくざに操られている。2・8総選挙では、元やくざ代議士の地盤に「中道」は候補者も立てなかった。「公明党創価学会の票はやくざ系に流れた」と袖ヶ浦市の有権者はあきれ返っている。
そこでは警察は、単なるお飾りだ。暴力団追放に汗をかかない。それどころか「仲良しクラブ」の関係であることも発見した。

「自民圧勝でやくざ暴力団と警察の仲良しクラブの関係は、強化される」と見られている。暴力が優先する社会では、人々の暮らしのリズムはカメさん流だ。いつも首をすくめながら生きている。民主主義は彼方に舞い上がって、地上に存在していないかのようだ。

ナベツネ流は、戦前戦後の左翼運動で「声を上げない民衆」を感じ取って、権力者と暴力にすがる道を選択した。思索・思考しない人間社会では、誰もが罠にハマる。そうして言論と権力と暴力を結び付けて、言論の自由を封じ込んで、権力と癒着提携してゆく。

<多田実と渡辺恒雄の激突>
戦前の侵略戦争を推進した勢力は、財閥・軍閥・国家神道である。もう一つが新聞だった。新聞が国の人殺しの先頭に立った。さすがに敗戦後は、殊勝な姿勢を示して再生を期した。実際は違った。
部数も広告費も拡大するには、新聞の価値を決める報道内容による。取材合戦に勝ち抜いていく。その要は政治部による権力監視だ。
しかし、中には権力と結びつくことに執着する「墜ちた言論人」が、確実に生まれる。彼らは歴史の教訓など学ぼうとしない。主権者を欺くことで、権力の一角に食い込んで、甘い汁を吸う悪しき輩が現れる。

新聞テレビも政治部主導である。政治部長の権限が強い世界だ。新聞社のエリートは政治部希望である。その政治部でも、ゆでガエルの小銭稼ぎで満足する野党担当記者は、非力である。自民党の派閥政治に食らいつくことで、いっぱしの実権を社内で占める。
ナベツネのライバルは、先に政治部長になった多田実。多田が存在する限り、ナベツネ天下は実現しない。多田とツネの攻防戦が、ひそかに繰り広げられる。
多田は穏健派で知られる。自民党担当時代は平和主義派閥の三木派担当だった。かたや左翼運動経験者のツネの政治部内の多数工作は、露骨で、行動的だった。

<ロッキード事件で大ピンチのツネ>
旧内務官僚上がりの社長・正力松太郎は、いち早くツネを懐刀にしてA級戦犯の岸内閣取材に送り込んだ。
やや似ているのが安倍晋三のもとにNHKは、安倍好みの女性政治部記者を20年も張り付けるという破天荒な行動をとった。両者の関係を暴くジャーナリストは、まだ現れないのが不思議だ。
両者の秘事は、安倍銃撃真犯人のスナイパーと共に、今後とも注目を集めてゆく。岸・安倍家の家計と統一教会の結びつきなど、まだ不明な点は少なくない。

権力志向の強いツネは、まっしぐら右翼のドン・児玉の懐に飛び込んだ。言論人と暴力の二刀流である。この恐ろしすぎる秘事が明かされる時が、果たして来るのだろうか。

そこにワシントンからロ事件が発射された。その核心は児玉・中曽根ルートの巨額資金の流れだったが、これはワシントンの議会を牛耳る台湾ロビーによるもので、標的は日中国交回復を実現した角栄に向けられていた。日本の検察は田中角栄逮捕で、中曽根と児玉を救ったという予想外の決着で幕を閉じた。
ご存じ、児玉を中曽根に紹介した人物はツネだ。
多田はのちに「ワタツネもこれでおしまいか、という場面があって車内は大変だった」と筆者に語っている。軍用機利権は児玉の独占場だ。カネは中曽根にも流れている。ツネにも?と読売社内で騒がれていたが、首相の三木はなぜ片手落ちの検察捜査を容認したのか。
角栄の側近の山下元利は、筆者に「角さんが東大OBなら逮捕されることはなかった」と解説したものだが、彼は何事も東大法学部で動く日本政治だという。うなづく人も少なくない。天下を揺るがしたロ事件を中曽根とツネはうまくかわした。そこからツネの読売乗っ取りが実現する。
多田は正力が設立した日本テレビに移動、その後に大学教授で終わってゆく。
ロ事件でも日本検察は、暴力と右翼にメスを入れなかった。これもまた日本の戦後政治の弱さを,くっきりと印象付けている。
悪人が生き延びる日本の危うさが、今も継続している。高市政権の側近の清和会議員は、すべて政治屋で利権あさりの輩ばかりだ。

<「神の国」の戦前戦後教育が災いする日本の前途>
大陸で数千万人の死傷者を出した侵略戦争について、日本国民は知らない。史実を教えなかった戦後教育の実績だ。盲目の日本人は、同じ過ちを繰り返すかもしれない。
その危機が今2026年で表面化する。
しかし、被害者は忘れない。忘却したくてもできない。戦後80年の隣国は、新たな軍国主義が浮上したと鋭く批判している。歴史を知る日本人は、それに同意するしかない。朽ちた言論界がそれに反撃し、追い打ちをかける。「寄らば大樹」の国民性が、それを拡大させるだろう。
日本人の友人は地球上に存在しない!

<歴史の教訓を学ばない日本人>
歴史の教訓を教えられなかった日本人は、排外主義に走る。憎しみ・怒りが友好を封じ込める。
怖い恐ろしい日本社会は、神風が吹くという「神の国」信仰が今も生きているのだろうか。原始の子供だましのまじないレベルの宗教に、日本人は再び命を投げ出すことになるのかどうか。
「教訓」はだれにも、どこの国にもある。問題はそれをしっかり学んで、二度と過ちをしない。それが人間らしい人間の姿である。

<憲法を学ばない日本人と読売改憲試案>
正力とツネの読売は、極右の清和会支援で成功したと喜んでいる?
ツネの改憲試案がいよいよ実現するといって、泉下ではしゃいでいるのであろうか。一方で「ツネよ、お前は忘恩の徒だ」と恩師は威風堂々、直接公然と気を吐いているのかもしれない。
読売改憲試案は知らない。読むに値しない代物であろう。
自民党極右・日本会議の思いを披歴したもので、恥ずかしくて世に出せないのであろう。それにしても恐ろしい憲法破壊目的のツネの改憲試案であろうか。
左翼から右翼に転向したツネは、戦後最悪の悪党である。

<早苗は「神の国」皇国史観論>
戦争好きのサナエが、英国の女性の戦争首相だったサッチャーを尊敬しているという。これは9条国家にとってただ事ではない。
既に財閥の「死の商人」はほくそ笑んでいる。武器弾薬製造企業は、世界不況もどこ吹く風だ。対して「日本国民の平和主義はいい加減なものではない」と平和軍縮派の巨頭・宇都宮徳馬は、筆者のペンを使って国内外で現在も叫んでいる。ナベツネ支配を吹き飛ばそう!
サナエの皇国史観論は100年前の代物で、苔が生えているではないか。
2026年2月19日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)
















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