2025年10月
本澤二郎の「日本の風景」(5685)
本澤二郎の「日本の風景」(5684)
本澤二郎の「日本の風景」(5684)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>4
この地球に安全という楽園は存在するだろうか?人は法律で縛りをかけたが、この法治主義が危うい。法律を操る官僚や司法官も、法律に違反する判断や判決をして、それを主権者におしつける。帰国してKさんと会って話をきいたが同じだった。彼の話は、交通事故の被害者だというのに、取り調べの警官はいい加減な調書を作成していた。加害者に有利な内容に仰天していた。加害者は地元のS病院の雇用者だった。
法治とは名ばかりで、担当する人間が腐っていた。油断すると、被害者が加害者にさせられかねないことを知って怒りに震えていた。こうした事例は中国でも存在する。筆者も次男の医療事故で経験した。相手は財閥の東芝だった。命を奪っても反省も謝罪もしない悪徳企業である。政治力で法をねじ曲げる。
安全な楽園はない。それは中国人女性もそうだ。今回の中国訪問で関係者の証言で確認できた。中国は修身斉家の国である。幼くして修身斉家の修行をうけて成人し、結婚するのだが、むろん権力やカネを手にし悪事を働く男たちは少なくない。
どこでも男尊女卑の風習は強い。とくに日本の男性はひどいというのだ。
<日本男性と結婚したが、子供を連れて帰る中国人女性>
聞いて納得した。もとは中国の国営企業は北京市内にあった。特に軍需産業も。それが改革開放などで
地方に移転した。
あぶれた女性労働者の多くが、ナショナルなど進出した日本企業に再就職した。そこで日本人男性と恋の花が咲き乱れ、夫の日本人とともに相当数の中国人女性の妻も、あこがれの日本に上陸したのだが。時が10年15年とたつと、家庭を顧みない日本人の夫にあきれ返って、子供と一緒に帰国する。こうした事例を
見てきた中国人女性は今も「日本人は優しくない。結婚するな」と警鐘を乱打している。
<多い老年離婚の日本は有名>
日本で長く生活して日本文化に明るい女性は「夫が退職金をもらうと、逃げ出す妻が多い」と言っている。
これは嘘ではない。本当のことだ。
妻に先立たれた筆者は、ことあるごとに「妻ほどいい女はいない。大事にしなさい」と叫んでいる。離婚した50代男性は「独身生活は煩わしくなくていい。再婚はしない」と公言している。貧困も理由の一つに違いないが、せめて子供をそばにおきたい老人はいっぱいいる。
日本の老人施設は、姥捨て山レベルで、入ると二度と出てこれない。あとで触れるが、中国の施設は日本とは違う。健康老人の人生最後の楽園である。
晩年の母は哀れだった。長男も妹にも逃げられて施設に入れられると、認知症がひどくなり、車いすに座らされ、食事もいい加減にさせられておしまい。ダニがついても医師も看護師も治療しない。
医師は「老衰」で片づけてしまった。我妻が「元気なら私が面倒をみたかった」と悔やんでいた。倒れると、親子も薄情になるのか。
<老いて妻に寄り添う修身斉家を学ぶ日本めざせ>
安倍晋太郎と晋三夫妻もそうだった。安倍家の男性に合格点をあげられない。夫が亡くなってほっとする家庭は、健全な家庭とはいえない。妻のありがたさを感じる男性は、生前中に妻を大事にする。そのことを今回の旅で学んだ。
日本人男性と結婚した中国人は、知り合いから「あなたはなぜ日本人と結婚したの」と詰問されるというのだ。これは歴史を学ばない日本人に対する反発と違う。人間として日本人男性は失格の烙印をおされている。公正にみてうなずくほかない。
2025年10月24日記(政治評論家)
本澤二郎の「日本の風景」(5683)
本澤二郎の「日本の風景」(5683)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>3
白雲の隙間から朝鮮(韓)半島がみえる。快晴の眼下の紺碧の海に、白い水しぶきを上げながら航行する船の往来は、美しい地球を象徴する情景にちがいない。北京から東京に向かっているその瞬間を、初めてパソコンにうちこんでいる。最初で最後の体験である。2025年10月22日の正午前後か。
憶測をたくましくしても、半島や漁船から旅客機にミサイルは飛んでこない。国家神道・靖国かぶれの安倍晋三やその配下の極右の政治屋が、台湾有事を声高にわめいても、大陸から飛来したこの格安旅客機スプリング・ジャパンは安全に飛んでいる。すばらしい。本当に素晴らしい。
機内の乗客は、多くが中国人だ。大騒ぎする中国人はひとりもいない。欧米人やイスラム圏のひげを生やした旅人も乗っている。安全で安い飛行機の人気は、世界経済がとことん低迷する中で、各国人の人気の旅客機。111回目の日本人ジャーナリストも初めての利用だ。食事も出ない。何も出ないと思っていたら、水やコーラを乗務員が販売してきた。コーラにとびついた。
記憶している限り、カネを払ってのコカ・コーラは初めての飲み物にちがいない。東京タイムズ千葉支局長時代、何度か同社幹部らとのゴルフコンペに誘われた。汗を流した後、成績はいつもブービーメーカーと大したことはなかったが、入浴後の乾杯が楽しかった。が、そこにコーラは出てこなかった。ビールで乾杯が勝った。バブル経済のころだった。
甘すぎるコーラではなかった。健康に配慮した飲み物に変わっていた。
柔軟に相手を尊重して行動すれば、国や民族関係もうまくいく、日中関係も対応しだいだが、一部の右翼人士は排外主義にとらわれる。清和会の森・小泉・安倍そして高市ら台湾独立派は、激情的に行動しがちだ。目下の高市の「国民のため」の乱発はあやしい。積極財政による大軍拡は、円の価値を下げまくり、比例して物価高を生じさせて、国民生活を破綻においこんでいる。アベノミクスが物価高の元凶と誰も報じない。 外国でくらす留学生は言うまでもなく、一般のビジネスマンは怒り心頭にちがいない。むろん、財閥はちがった。円安で内部留保は600兆円をかるく超えた。しかし、貧者にくばろうとしない。
10%消費税は最悪の重い税金だ。なぜ国民はいかりを爆発させないのか。いつまで財閥傀儡政権を存続させるのか。
<宇都宮の軍縮平和・大平の寛容と忍耐・角栄の決断と実行が瞼に>
ふいに1972年9月ごろを思い出した。111回訪中を意識しすぎたものか?80年前の日中戦争では、ヒロヒト侵略軍は、世界史上まれにみる3000万の人々を、殺害したり、深い傷を負わせたという。日中和解など考えられそうもなかった。そのはずで戦争被害の賠償金を支払う力は日本になかった。1950年代から中国との国交を回復しようと汗をかいてきた宇都宮でさえも自信などなかった。
「中国は賠償を放棄する」という信じられない北京に、当初は彼も疑心暗鬼だったろう。それが明らかになるのは、国交正常化の半年か1年まえのことだった。
宇都宮が確認し、それが外務大臣の大平、そして首相の角栄の確信となって、1972年7月7に発足した田中内閣は、一気呵成まるでイノシシのように猛進し、3か月後に歴史的な中国との和解が実現した。その後に角栄はロッキード事件に巻き込まれ逮捕、やむなく岸の後継者・福田赳夫内閣を誕生させ、岸の暴走を抑え込む格好で、日中平和条約を締結した。
その効果がいまも継続している。そのおかげで日本海はおだやかに波打っていた。
平和軍縮派の宇都宮、寛容と忍耐の大平、そして決断と実行の田中角栄が、不思議と瞼に浮かんできた。100%ミサイルが飛んでくることはない。一人しんみりと3人の英傑に敬意を評したい感傷的気分にさせられた。日航731便の自衛隊機のミサイル誤射など想定外だった。
<気流の乱れに揺れる機体と列島に接近するや黒雲?>
「天は見ている」といって中南海をあとにした中国の指導者がいたという。熾烈な権力抗争は、世界各地で人間がいるところで繰り広げられている。食欲性欲権力欲は、男女を問わない。
日本にも女性首相が誕生した。むろん、激情的な安倍の鷹で、平和の鳩ではない。
安倍に心酔した鷹だ。中国政府に反発する一方で、台湾独立派と深く関係を結んでいる。
案の定、機が列島に近づくと気流に巻き込まれた。操縦士も乗務員も中国人だが、乗務員の主任は日本人ベテランのような口調で話をする。「トイレ使用禁止」のアナウンスにやや緊張する。そのうち雲が白から灰色に変わってきた。房総半島上空では雨が降っていた。
やはり天は見ているのであろうか?
九十九里浜から成田上空を飛ぶのは数十年ぶりか。丘のような山の木々をきり倒し、そこにゴルフ場がひろがる。やくざが跋扈している証拠だ。悲劇の暴走半島の闇を印象づけていた。
2025年10月23日記(政治評論家)
本澤二郎の「日本の風景」(5682)
本澤二郎の「日本の風景」(5682)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>2
1979年の大平訪中団に特派員として同行した時の一番の印象は、北京最大の繁華街の王府井のデパートを、一人で入ったときのことである。目の前に黒山の人だかりができた。たしか大平はここで餃子を食べて、ご満悦だった。筆者にも初めて見る異国人と思ったのか、その瞬間、まるで人気俳優になったことに大変おどろいたものだ。
いま同じような経験をしたくても、夢幻である。46年の間に180度の変化を遂げた中国を、トランプが訪問したらどうだろうか?彼はニューヨークの地下鉄にひとりでは乗れない。大半の外国人も。北京にはホームレスはいない。ほぼ完ぺきな治安対策に驚くだろう。
友人の娘は「いま世界はどこも安全ではない。北京が一番安全」と言い張る。これは皮肉ではない。本気でそう感じているのである。
筆者は入国の翌日、近くの派出所に出向いてしばしの北京滞在を伝えた。受付はソフトな女性だ。すると今度は狭いワンルームマンションのいり口に、事前に連絡を受けたのちに、これまた若い女性警官が姿をみせた。万一のことがあれば、友人の携帯で瞬時に彼女の携帯に連絡がはいる。マンション担当の警官が一人いるのである。
中国政府は外国人の身の安全に責任を負ってくれているのだ。むろん、やくざ暴力団に対する警戒は怠っていない。彼らが麻薬密売に取り組んでいることは、昔からわかっている。女性の運び屋にも警戒している。昨今は中国から日本経由で、アメリカに薬物の搬送ルートが発覚している。
<安全の証拠を見つけた!>
北京にはおおきな国際空港が二つあるが、主力は以前からの北京首都国際航空で、海外の物流の拠点として、その地位は現在も圧倒している。順義区が注目を集め、高級マンション群が林立する理由だ。したがって、当地を走る地下鉄15号線の利用客が急増している。
忘れていたが紹介した公園のうち、二つは航空機騒音の被害を受けている。ここで散歩していると、成田空港や羽田空港の周辺住民の苦悩が分かる。住宅は三重のガラス窓が一般化している。騒音の少ない航空機開発が21世紀の課題にちがいない。
北京の変化のすごい証拠をみつけた。地下鉄駅前である。
<地下鉄駅前は安全地帯>
目を見張るような変化は、駅前がほぼ完ぺきに安全地帯になっていた。
以前は自転車やバイクの雑然とした放置、そこに集金人の小屋があっても不整理もいいとこで、新しい地下鉄駅との不釣り合いはいかんともしがたかった。
駅の出口には、タクシー客を呼び止めるお兄さんが声をからしていて、なんとなく物騒な印象をあたえていた。現在は電動バイクが整然と置かれている。管理人もいないのに。警官もいない。まさに完璧ともいえる駅前である。バス・タクシー乗り場は一本の道路に二車線、混雑はゼロ。近くの広大な雑草地は、整頓された有料駐車場に変わっていた。
駅前の大通りのバス停は、タンとたばこのポイ捨てのため、路上に目をやると気分が悪くなるほどだった。それが姿を消していた。トランプや米国の州知事に見学させたいと思ったほどだ。46年ぶりの北京の街はすばらしく変わっていた。特に順義区は生まれ変わっていた。
海外では大声をあげてヒンシュクをかう中国人が、ここ北京ではかなり改善されていた。
<爆竹・花火騒音も無くなった>
振り返ってみて、花火大会とはあまり縁がなかった。一度木更津港での恒例の花火大会に、両親を案内したことくらいだ。
幼いころ、はるか離れた自宅近くの高台で、西方の小山の峰にぼんやりと浮かび上がる、小さな半円形の光を眺め、しばらくするとドカーンという音を聞くという、他愛のない花火とはいえない花火?に満足するほかなかった。結婚して妻の実家が多摩川沿いという好位置にあったにもかかわらず、多摩川の花火大会を見なかった。
それが10数年前、北京の滞在先の5階の目の前と頭上で、本物の花火が上がったことに驚かされた。
爆竹も日常的だった。開店とか結婚式というと、人々は花火と爆竹で景気をつけることを日常化していた。
花火業者は年中忙しかったし、景気もよかった。街中のいたるところで、花火が売られていた。それが現在は消えた。「騒音」や煙も禁止である。当局の措置はほぼ絶対的なのだ。
今考えても「やりすぎ」と思うことがある。
それは食べ物から生活すべてのものがそろっている、規模のおおきな庶民の市場を排除したことだ。青空市場に雨風をよける簡単な低コストの平屋に、人民のための人民による広い市場で、人々の胃袋や衣服など生活のすべてをまかなうことが出来た。これも排除した。資産家・官僚の目線による近代都市化で、貧困層を叩きのめし、農村に追放してしまったという。
日本でもこのような庶民的市場による、貧困層救済市場は検討に値する。あメリカは特に参考にすべきだろう。特に大格差社会の今日では、なおさらのことだ。しかも、人々が「今だけカネだけ自分だけ」にのめり込んでいる中では、全世界で実施したらいい。
2025年10月22日(政治評論家)