2025年10月



本澤二郎の「日本の風景」(5686)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>6
ようやく毎日書いているブログの発信が、本ブログで正常化する。デジタルの意味すら理解していない日本人ジャーナリストは、毎朝国民の怒りを文章にまとめて、それを多くの人々に知らせようと努力してきたのだが、今回の久しぶりの北京訪問で挫折し、インターネットに接続ができなくなった。
帰国してやっとのことで、ため込んだ記事を発信して、ようやくのことで追いついた。しかし、中国こそがデジタル先進国である。田舎の老人はどうしているのか?
携帯電話がないと、買い物もできないし、お茶も飲めない。日本では現金不要のカードでの支払いができるが、中国は老いも若きもキャッシュレス携帯とでもいうのだろうか、財布代わりの携帯がないと、日常生活ができない。日本の老人はとうてい無理だ。パソコンもそうだが、万一キーを押し間違えると、大変なことになる。老いた指を小さなキーに間違いなく打ち込むことは簡単ではない。
しかし、それでは中国で暮らすことはできない。その実態を買い物や地下鉄、バス、タクシーの現場で見て、改めて中国のデジタル社会の徹底ぶりを知ることが出来た。筆者には自信がない。

<下書きの「グーグルドキュメント」が消える=素人は危険>
記事の下書き用に安全だと思い込んで利用してきたグーグルのドキュメント、これが最近忽然と消されてしまい、怒り心頭だ。日々バックアップしていればいいのかもしれないが、筆者はこの下書き文が半永久的に保存してくれるものと思い込んで利用してきた。それが消えてしまった。
ブログのライブドアから添付しないと、もう書いた文章にお目にかかれない。このライブドアの記事にしても100%安全ではない。一度、東京利権五輪を中止せよと反論を載せると、同じ場所に使用することが出来なくなり、やむなく新たな場所をつくった。二度と使用できなくされ、驚いてしまった。
極右政権は不都合な批判を容認しない。言論の自由さえも封じる。日本国憲法が保障する言論の自由がない日本国なのだ。護憲リベラルの政権でないと、民主主義は成立しない。いまの物書きは委縮している。日本は健全な社会ではない。国民が主権を行使しないためでもある。愚民から抜け出すための教育が大事だ。


<道端でのネギ購入にも「財布携帯」で支払い>
バスに乗る方法は老人はただのカード。筆者はあらかじめバスや地下鉄に利用できるカード、中国人の若者は財布携帯を利用している。回民(フイミン)というと、イスラム圏の人たちが住んでる地域だが、そこに向かってバスに乗った。値段は1元(日本円20円)、数分の距離だ。
彼らが販売する牛肉が新鮮だと知られている。店に向かっている路上で、農家のネギ売りと出くわした。日本と比べると安い。多分本場の山東ネギに違いない。一束買うや、支払いは現金ではなく、財布携帯でないとダメ。事情をしらない筆者は、現金支払いだとばかり考えていたものだから、多少あっけにとられてしまった。
今回の旅で、ジャガイモとねぎの味噌汁が好きになった。帰国してやってみたが、高すぎる日本ネギに比べてみても、北京の方がうまくできた。
やわらかいキャベツは最高である。生でも食べられる。日本のキャベツは固すぎる。野菜も果物も新鮮で安い中国。肉は高くなったと聞いた。それでも中国では肉をよく食べる。味付けにも使用する。


<日本大使館のパスポート証明は現金支払い>
不親切で日本人スタッフが姿を見せない日本大使館に出かけて、パスポートの証明書を取ったのだが、1枚100元(2000円)とべらぼうに高い。友人はまた使えるかもしれないと考えて4枚(8000円)も。しかも、理由は不明だが、支払いは現金でなければならなかった。

中国のデジタル化に抵抗する日本政府なのか?
それにしても筆者のパスポートを日本大使館が証明しないと、偽造と信じられる社会にも困ったものである。しかも、数日かかるため二度も行かねばならなかった。これも意外なことだった。ことほど中国では、偽造社会ということなのかもしれない。すでに怒りのペンで批判したことだが、日本大使館に行ったら日本外務省の職員が応対する、という当たり前の対応が求められている。
2025年10月26日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)













本澤二郎の「日本の風景」(5685)
<訪中111回6年ぶりの北京散見>5
昨夜経産省が推進する二酸化炭素を房総半島をパイプで横断させ、太平洋に水没させるという、いうなれば「第二の原発」計画の説明会に参加した。会場は311の核汚染ごみを、水源地の違法産廃場に埋設された袖ヶ浦市の公民館。「またか」と住民は動かない。閑散とした会場は寒いくらいでパッとしなかった。

以前、清和会のベテラン秘書が「経産省が立ち上げる計画でうまくいった例はほとんどない」と語っていたが、原発に限らず成功するわけがない。万一のことを考えると、まさに第二の原発計画といえる。

筆者が6年ぶりの北京訪問で圧倒されたのは、排ガスと騒音を収束させた電気自動車道路。おそらく世界一の近代都市だ。石油がぶ飲み自動車を廃止した北京のガソリンスタンドは見る影もなかった。
日本は二酸化炭素がでない製鉄所、石油廃止の都市に変身すればいい。そのための科学・化学先進国をめざせばいい。アベノミクスを廃止すれば、物価高騰は止まる。武器弾薬をやめて福祉に切り替えれば、健全な社会を生み出すことが出来る。異様な円安路線で国民生活は破綻している。「安倍の女」には理解できないことが判明した。いまの日本は発展途上国に落ち込んでしまったというのに。統一教会や靖国参拝の国家神道かぶれの政府打倒が、健全な日本人の使命であろう。

「井の中の蛙大海を知らず」から抜け出した北京>
戦後80年で変わったのは中国である。太陽光や風力発電は中国が先行している。福祉面でも日本のそれは「死への道」だが、中国では健康な老人の「人生最後の楽園」だった。

中国には仏教や道教、儒教など様々だが、それが政治の場面で大きな役割を果たすことはない。日本ではいまだ明治の国家神道、原始の占い政治に取り込まれているが、中国は完全にぬけだした。日本のような神社神道のムラ社会は存在しない。ほぼ抜け出している。少なくとも権力の中枢である中南海にそれはない。いまだにヒロヒトや戦犯・岸信介の帰化人カルト政治などは存在しない。政教分離はなんとしても実現しなければならない。
共産党の問題は人間にまとわりつく腐敗政治である。権力の独占・秘密政治かもしれない。政治改革は待ったなしだ。

<「格差なくせ」は日中の大きな解決すべき政治課題>
北京首都国際空港からほど遠くないワンルームマンションが今回の宿。飛行機騒音もガラス窓でほぼ遮断される。300世帯が入居する棟が6棟建つ。およそ2000人が暮らすマンションで、室内でのガス使用は禁じられている。すべて電気で、この電気代が高いのが住民の悩みの種。6棟の真ん中に広い庭園があり、住民はそこで散歩したり、冬は老人はひなたぼっこする。樹木がもう10メートルほどの高さで、夏場は日陰を作ってくれる。そこにカラスの4分の一ほどの尻尾のながい、実に格好のいい鳥が飛び交っている。白黒で格好がいい。筆者は勝手に「幸福どり」と呼んでいる。
足の運動もできる器具も数か所設置し、住民の健康に寄与している。

10数年前、医療事故で深刻な健康被害を受けた父親自慢の早稲田OBのハンサム次男を介護するため、品川区の旧伊藤博文別邸跡地に建設された15階建て、300世帯のマンションで暮らした。管理組合の責任者などの経験もあるが、ここ北京のマンションは(国営)企業が全て取り仕切るシステム。作業員はいつも廃品処理や枯れ葉を掃いたり、結構のんびりと働いている。
老人が少なくないが月給は6000元、日本円で6万円という。数年前に木更津市で散歩中知り合った大沢老夫人は、年金5万円で生活していた。亡くなったあと広い宅地と家は改装され、現在は外国人が所有していると聞いた。
わずかな年金暮らしの筆者には、身につまされる思いで眺めていた。他方、邸内の駐車場には大型の高級車がほとんど。充電器があるのに驚いた。ぴかぴかに車を洗浄する若い女性を見た。妻なのか秘書なのか?初めて車のドアの隅々まで布で拭いていた。初めて見る光景だ。
1993年の米国1か月の取材旅行では、高速道路が無料だということにびっくりしたが、もう一つは車を洗浄しない文化にも。以来、自家用車の洗浄をしたことがない。最近はその車をくれないか、と外国人バイヤーに声をかけられた。さすがにショック。わがスズキの小型車のアンテナはやくざ暴力団にへし折られたらしい。ラジオを聞けなくなったが、このスイフト車は木更津のキャデラックと呼んでいる。

ものすごい金持ちは女性を秘書にして平然と暮らしている。他方で辛酸をなめる貧者との格差解消は、日中共通の政治課題である。
2025年10月25日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員・やくざ追放国民会議代表)

本澤二郎の「日本の風景」(5684)

<訪中111回6年ぶりの北京散見>4

この地球に安全という楽園は存在するだろうか?人は法律で縛りをかけたが、この法治主義が危うい。法律を操る官僚や司法官も、法律に違反する判断や判決をして、それを主権者におしつける。帰国してKさんと会って話をきいたが同じだった。彼の話は、交通事故の被害者だというのに、取り調べの警官はいい加減な調書を作成していた。加害者に有利な内容に仰天していた。加害者は地元のS病院の雇用者だった。

法治とは名ばかりで、担当する人間が腐っていた。油断すると、被害者が加害者にさせられかねないことを知って怒りに震えていた。こうした事例は中国でも存在する。筆者も次男の医療事故で経験した。相手は財閥の東芝だった。命を奪っても反省も謝罪もしない悪徳企業である。政治力で法をねじ曲げる。

安全な楽園はない。それは中国人女性もそうだ。今回の中国訪問で関係者の証言で確認できた。中国は修身斉家の国である。幼くして修身斉家の修行をうけて成人し、結婚するのだが、むろん権力やカネを手にし悪事を働く男たちは少なくない。

どこでも男尊女卑の風習は強い。とくに日本の男性はひどいというのだ。

<日本男性と結婚したが、子供を連れて帰る中国人女性>

聞いて納得した。もとは中国の国営企業は北京市内にあった。特に軍需産業も。それが改革開放などで

地方に移転した。

あぶれた女性労働者の多くが、ナショナルなど進出した日本企業に再就職した。そこで日本人男性と恋の花が咲き乱れ、夫の日本人とともに相当数の中国人女性の妻も、あこがれの日本に上陸したのだが。時が10年15年とたつと、家庭を顧みない日本人の夫にあきれ返って、子供と一緒に帰国する。こうした事例を

見てきた中国人女性は今も「日本人は優しくない。結婚するな」と警鐘を乱打している。

 

<多い老年離婚の日本は有名>

日本で長く生活して日本文化に明るい女性は「夫が退職金をもらうと、逃げ出す妻が多い」と言っている。

これは嘘ではない。本当のことだ。

妻に先立たれた筆者は、ことあるごとに「妻ほどいい女はいない。大事にしなさい」と叫んでいる。離婚した50代男性は「独身生活は煩わしくなくていい。再婚はしない」と公言している。貧困も理由の一つに違いないが、せめて子供をそばにおきたい老人はいっぱいいる。

日本の老人施設は、姥捨て山レベルで、入ると二度と出てこれない。あとで触れるが、中国の施設は日本とは違う。健康老人の人生最後の楽園である。

晩年の母は哀れだった。長男も妹にも逃げられて施設に入れられると、認知症がひどくなり、車いすに座らされ、食事もいい加減にさせられておしまい。ダニがついても医師も看護師も治療しない。

医師は「老衰」で片づけてしまった。我妻が「元気なら私が面倒をみたかった」と悔やんでいた。倒れると、親子も薄情になるのか。

<老いて妻に寄り添う修身斉家を学ぶ日本めざせ>

安倍晋太郎と晋三夫妻もそうだった。安倍家の男性に合格点をあげられない。夫が亡くなってほっとする家庭は、健全な家庭とはいえない。妻のありがたさを感じる男性は、生前中に妻を大事にする。そのことを今回の旅で学んだ。

日本人男性と結婚した中国人は、知り合いから「あなたはなぜ日本人と結婚したの」と詰問されるというのだ。これは歴史を学ばない日本人に対する反発と違う。人間として日本人男性は失格の烙印をおされている。公正にみてうなずくほかない。

2025年10月24日記(政治評論家)

本澤二郎の「日本の風景」(5683)

<訪中111回6年ぶりの北京散見>3

白雲の隙間から朝鮮(韓)半島がみえる。快晴の眼下の紺碧の海に、白い水しぶきを上げながら航行する船の往来は、美しい地球を象徴する情景にちがいない。北京から東京に向かっているその瞬間を、初めてパソコンにうちこんでいる。最初で最後の体験である。2025年10月22日の正午前後か。

憶測をたくましくしても、半島や漁船から旅客機にミサイルは飛んでこない。国家神道・靖国かぶれの安倍晋三やその配下の極右の政治屋が、台湾有事を声高にわめいても、大陸から飛来したこの格安旅客機スプリング・ジャパンは安全に飛んでいる。すばらしい。本当に素晴らしい。

機内の乗客は、多くが中国人だ。大騒ぎする中国人はひとりもいない。欧米人やイスラム圏のひげを生やした旅人も乗っている。安全で安い飛行機の人気は、世界経済がとことん低迷する中で、各国人の人気の旅客機。111回目の日本人ジャーナリストも初めての利用だ。食事も出ない。何も出ないと思っていたら、水やコーラを乗務員が販売してきた。コーラにとびついた。

記憶している限り、カネを払ってのコカ・コーラは初めての飲み物にちがいない。東京タイムズ千葉支局長時代、何度か同社幹部らとのゴルフコンペに誘われた。汗を流した後、成績はいつもブービーメーカーと大したことはなかったが、入浴後の乾杯が楽しかった。が、そこにコーラは出てこなかった。ビールで乾杯が勝った。バブル経済のころだった。

甘すぎるコーラではなかった。健康に配慮した飲み物に変わっていた。

柔軟に相手を尊重して行動すれば、国や民族関係もうまくいく、日中関係も対応しだいだが、一部の右翼人士は排外主義にとらわれる。清和会の森・小泉・安倍そして高市ら台湾独立派は、激情的に行動しがちだ。目下の高市の「国民のため」の乱発はあやしい。積極財政による大軍拡は、円の価値を下げまくり、比例して物価高を生じさせて、国民生活を破綻においこんでいる。アベノミクスが物価高の元凶と誰も報じない。 外国でくらす留学生は言うまでもなく、一般のビジネスマンは怒り心頭にちがいない。むろん、財閥はちがった。円安で内部留保は600兆円をかるく超えた。しかし、貧者にくばろうとしない。

10%消費税は最悪の重い税金だ。なぜ国民はいかりを爆発させないのか。いつまで財閥傀儡政権を存続させるのか。

<宇都宮の軍縮平和・大平の寛容と忍耐・角栄の決断と実行が瞼に>

ふいに1972年9月ごろを思い出した。111回訪中を意識しすぎたものか?80年前の日中戦争では、ヒロヒト侵略軍は、世界史上まれにみる3000万の人々を、殺害したり、深い傷を負わせたという。日中和解など考えられそうもなかった。そのはずで戦争被害の賠償金を支払う力は日本になかった。1950年代から中国との国交を回復しようと汗をかいてきた宇都宮でさえも自信などなかった。

「中国は賠償を放棄する」という信じられない北京に、当初は彼も疑心暗鬼だったろう。それが明らかになるのは、国交正常化の半年か1年まえのことだった。

宇都宮が確認し、それが外務大臣の大平、そして首相の角栄の確信となって、1972年7月7に発足した田中内閣は、一気呵成まるでイノシシのように猛進し、3か月後に歴史的な中国との和解が実現した。その後に角栄はロッキード事件に巻き込まれ逮捕、やむなく岸の後継者・福田赳夫内閣を誕生させ、岸の暴走を抑え込む格好で、日中平和条約を締結した。

その効果がいまも継続している。そのおかげで日本海はおだやかに波打っていた。

平和軍縮派の宇都宮、寛容と忍耐の大平、そして決断と実行の田中角栄が、不思議と瞼に浮かんできた。100%ミサイルが飛んでくることはない。一人しんみりと3人の英傑に敬意を評したい感傷的気分にさせられた。日航731便の自衛隊機のミサイル誤射など想定外だった。

<気流の乱れに揺れる機体と列島に接近するや黒雲?>

「天は見ている」といって中南海をあとにした中国の指導者がいたという。熾烈な権力抗争は、世界各地で人間がいるところで繰り広げられている。食欲性欲権力欲は、男女を問わない。

日本にも女性首相が誕生した。むろん、激情的な安倍の鷹で、平和の鳩ではない。

安倍に心酔した鷹だ。中国政府に反発する一方で、台湾独立派と深く関係を結んでいる。

案の定、機が列島に近づくと気流に巻き込まれた。操縦士も乗務員も中国人だが、乗務員の主任は日本人ベテランのような口調で話をする。「トイレ使用禁止」のアナウンスにやや緊張する。そのうち雲が白から灰色に変わってきた。房総半島上空では雨が降っていた。

やはり天は見ているのであろうか?

九十九里浜から成田上空を飛ぶのは数十年ぶりか。丘のような山の木々をきり倒し、そこにゴルフ場がひろがる。やくざが跋扈している証拠だ。悲劇の暴走半島の闇を印象づけていた。

2025年10月23日記(政治評論家)

本澤二郎の「日本の風景」(5682)

<訪中111回6年ぶりの北京散見>2

1979年の大平訪中団に特派員として同行した時の一番の印象は、北京最大の繁華街の王府井のデパートを、一人で入ったときのことである。目の前に黒山の人だかりができた。たしか大平はここで餃子を食べて、ご満悦だった。筆者にも初めて見る異国人と思ったのか、その瞬間、まるで人気俳優になったことに大変おどろいたものだ。

いま同じような経験をしたくても、夢幻である。46年の間に180度の変化を遂げた中国を、トランプが訪問したらどうだろうか?彼はニューヨークの地下鉄にひとりでは乗れない。大半の外国人も。北京にはホームレスはいない。ほぼ完ぺきな治安対策に驚くだろう。

友人の娘は「いま世界はどこも安全ではない。北京が一番安全」と言い張る。これは皮肉ではない。本気でそう感じているのである。

筆者は入国の翌日、近くの派出所に出向いてしばしの北京滞在を伝えた。受付はソフトな女性だ。すると今度は狭いワンルームマンションのいり口に、事前に連絡を受けたのちに、これまた若い女性警官が姿をみせた。万一のことがあれば、友人の携帯で瞬時に彼女の携帯に連絡がはいる。マンション担当の警官が一人いるのである。

中国政府は外国人の身の安全に責任を負ってくれているのだ。むろん、やくざ暴力団に対する警戒は怠っていない。彼らが麻薬密売に取り組んでいることは、昔からわかっている。女性の運び屋にも警戒している。昨今は中国から日本経由で、アメリカに薬物の搬送ルートが発覚している。
 

<安全の証拠を見つけた!>

北京にはおおきな国際空港が二つあるが、主力は以前からの北京首都国際航空で、海外の物流の拠点として、その地位は現在も圧倒している。順義区が注目を集め、高級マンション群が林立する理由だ。したがって、当地を走る地下鉄15号線の利用客が急増している。

忘れていたが紹介した公園のうち、二つは航空機騒音の被害を受けている。ここで散歩していると、成田空港や羽田空港の周辺住民の苦悩が分かる。住宅は三重のガラス窓が一般化している。騒音の少ない航空機開発が21世紀の課題にちがいない。

北京の変化のすごい証拠をみつけた。地下鉄駅前である。

<地下鉄駅前は安全地帯>

目を見張るような変化は、駅前がほぼ完ぺきに安全地帯になっていた。

以前は自転車やバイクの雑然とした放置、そこに集金人の小屋があっても不整理もいいとこで、新しい地下鉄駅との不釣り合いはいかんともしがたかった。

駅の出口には、タクシー客を呼び止めるお兄さんが声をからしていて、なんとなく物騒な印象をあたえていた。現在は電動バイクが整然と置かれている。管理人もいないのに。警官もいない。まさに完璧ともいえる駅前である。バス・タクシー乗り場は一本の道路に二車線、混雑はゼロ。近くの広大な雑草地は、整頓された有料駐車場に変わっていた。

駅前の大通りのバス停は、タンとたばこのポイ捨てのため、路上に目をやると気分が悪くなるほどだった。それが姿を消していた。トランプや米国の州知事に見学させたいと思ったほどだ。46年ぶりの北京の街はすばらしく変わっていた。特に順義区は生まれ変わっていた。

海外では大声をあげてヒンシュクをかう中国人が、ここ北京ではかなり改善されていた。

<爆竹・花火騒音も無くなった>

振り返ってみて、花火大会とはあまり縁がなかった。一度木更津港での恒例の花火大会に、両親を案内したことくらいだ。

幼いころ、はるか離れた自宅近くの高台で、西方の小山の峰にぼんやりと浮かび上がる、小さな半円形の光を眺め、しばらくするとドカーンという音を聞くという、他愛のない花火とはいえない花火?に満足するほかなかった。結婚して妻の実家が多摩川沿いという好位置にあったにもかかわらず、多摩川の花火大会を見なかった。

それが10数年前、北京の滞在先の5階の目の前と頭上で、本物の花火が上がったことに驚かされた。

爆竹も日常的だった。開店とか結婚式というと、人々は花火と爆竹で景気をつけることを日常化していた。

花火業者は年中忙しかったし、景気もよかった。街中のいたるところで、花火が売られていた。それが現在は消えた。「騒音」や煙も禁止である。当局の措置はほぼ絶対的なのだ。

今考えても「やりすぎ」と思うことがある。

それは食べ物から生活すべてのものがそろっている、規模のおおきな庶民の市場を排除したことだ。青空市場に雨風をよける簡単な低コストの平屋に、人民のための人民による広い市場で、人々の胃袋や衣服など生活のすべてをまかなうことが出来た。これも排除した。資産家・官僚の目線による近代都市化で、貧困層を叩きのめし、農村に追放してしまったという。

日本でもこのような庶民的市場による、貧困層救済市場は検討に値する。あメリカは特に参考にすべきだろう。特に大格差社会の今日では、なおさらのことだ。しかも、人々が「今だけカネだけ自分だけ」にのめり込んでいる中では、全世界で実施したらいい。

2025年10月22日(政治評論家)

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