本澤二郎の「日本の風景」(5218)

<経歴詐称知事3選策略成功の電通に軍配か>

みっともない都知事選が終わった。喜んでいるのは岸田文雄だけではあるまい。小泉純一郎、森喜朗、萩生田光一そして太田昭宏、山口那津男、原田とか谷川ら信濃町の面々か。駐日米大使のエマニュエルやエジプト大使らも。


日本の女性は男どもの悪だくみを昔から知っている。今は同じことを実践する時代なのか。その先陣を切った小池百合子。決して尊敬されることはないだろうが、本人も彼女にぶら下がる利権屋には無関係か。潔く出馬を見送ると思っていたが、小池の心は違った。男の悪党と同じようなレールを走って勝った。本当に勝利したのは電通のチームだったろう。

カネに糸目をつけない電通の選挙謀略は、蓋が開かないとわからない。石丸とか無名の地方の首長が大量得票し、2位につけた。無党派層の票をかき集めて、蓮舫を3番手に追い落とした。これは予想外のことだった。


カネがないとできない相談だ。


<不甲斐ない新聞テレビ報道に規制=経歴詐称記事ゼロ作戦>

それにしても、日本の新聞テレビは落ちるとこまで落ちてしまった。亡くなった妻の親類先に社会党代議士の正木清(衆院副議長)

がいた。幼い子供のころの妻の記憶の中に、彼の「トロッコ」がある。炭鉱などで使われていたトロッコのことだ。

取材記者が小遣いをねだるという。読売新聞の渡辺恒雄は大野伴睦という派閥のボスの懐に手を突っ込んでいたと聞いたが、正木のところも同じだった。その中には朝日の記者もいたというから驚きだ。正木の言うのは、彼らは記者ではない。本物の汽車ではなかった。トロッコだった、というのである。正木は福島県平の生まれだが、北海道から政界に出た。彼は東電のフクシマ原発に反対だったことから、最近、見直されているという。


現在の新聞テレビの編集者は、全てがトロッコか。電通関係者はそう呼んでいるかもしれない。公選法に触れる小池の経歴詐称事件を全く報道しなかったのだから。小池の勝因は、新聞テレビが報道すべき内容を報道しなかった、そのお陰である。電通とナベツネの強固な連携を見て取ることができるだろう。悪党が都知事選の仕切り役だった。

興味のある野党議員は、政府自民党から電通に流れた大金をスクープしてはどうか。


<国民の右傾化を考えなかった立民のお粗末作戦>

日本の皇室や政財界の指導者には、外国人が少なくないことが分かってきた。当事者が覆面をかぶるものだから、多くの日本国民は気付いていない。しかし、清和会の森喜朗が「神の国宣言」を公然化させると、戦前の天皇制国家主義が火を噴く。

次の小泉の清和会は、戦前の国家神道よろしく、戦争神社の靖国参拝を繰り返し強行した。78年の田中・大平の日中友好はかき消され、隣人関係は壊れる。

日本国民の右傾化は、隣国の人々の精神にも影響を与える。友好が敵対するようになる。国民の精神は狂ってきている。特に安倍の10年で日本人のナショナリズム・排外主義は拡大している。そのようなときに二重国籍で問題となった蓮舫を擁立した立民もどうかしていた。案の定、電通作戦が効果を発揮した。立民に知恵者がいない。しかも、嘘をついて消費税を引き上げた松下政経塾の悪党・野田佳彦が蓮舫の親分であるからお話にならない。


<メッキが100%はがれた小池に期待する何物もない悲劇>

結局のところ、利権で走り出している三井グループにおこぼれは行くのだろうが、やることなすこと全て自民党と官邸と同じ小池都政を評価することはないだろう。彼女の歴史認識は極右の日本会議である。

統一教会と神道の萩生田光一とやまぐち・信濃町がまとわりつく。

小池の公選法違反事件の告発連発で、経歴詐称事件を覆い隠すことは困難となろう。4年間無事にやり過ごせるか。

嘘は泥棒の始まりというではないか。

2024年7月8日記(茅野村の仙人・日本記者クラブ会員)



43兆円に狂喜するエマニュエル大使=進次郎も危うい!

 エマニュエル氏は、福島民友新聞社などのインタビューに、処理水の海洋放出について「日本は国際的な基準を守った上、科学的な人々を調査に入れ、透明性を強調している。最高の基準を順守しており、称賛されるべきだ。日本の行っている事は最高の手本だ」と評価した。

 ―安全性への評価と海洋放出に対する米国の捉え方、今後の関わり方は。

 「全ての安全性に一点の曇りもなく信頼している。(米国の)風評被害はゼロだと思う。これからも引き続き支援していきたい。日本の基準は国際的に認められている上、監視もされている」

 ―南相馬市の印象は。

 「電車を降りてすぐに来たが、車窓からの景色は本当に美しい。水も美しく、すごく気持ちが良い。リラックスできた。ピザが有名なシカゴ出身だが、(試食したピザは)おいしかった」

 ―県民にメッセージを。

 「福島県民の美しさは、地域社会を信じる心がずっとあるところ。福島を見なければ日本を見たことにならない。(私が)1年後、2年後に帰ってきた時には、福島はもっと人であふれていると思う」