本澤二郎の「日本の風景」(4967)

<井戸塀議員ゼロの「カネだけ自分だけ」の永田町の面々>

朝食を作りながらラジオをつけると参院本会議、各党の代表質問が繰り広げられていた。その一部が耳に飛び込んできた。10月26日のことだ。昨夜、青森県の津島雄二が亡くなったと報じられた。津島が大蔵省をやめて岳父・津島文治の婿養子になった際、文治が亡くなり、雄二が後継者になるのだが、この時、文治の葬儀に東京から政治記者として一人青森に飛んだ。

雄二と初めて名刺交換した。この時、太宰治(津島修二)の作品「斜陽館」を仰ぎ見た。巨大な木造建築はいまも存在しているのだろうか。文治も修二もこの館で育った。兄は政治に家宅地を投げ捨て、弟は放蕩に明け暮れて作家となってゆくのだが、文治の葬儀の時は、小さな家が一軒しか残らなかった。


上京して「井戸塀議員一代記」を東京タイムズ紙上に大きく載せた。政治記者になって数年後のことだから、足腰は軽かった。鉄道での青森行きは、この時が最初で最後となった。文治の娘婿の巨漢・田沢吉郎のリンゴ園を見ないまま上京した。

思うに、昭和の政治家の方がはるかに立派だった。財産をすべて投げ出し、国民の代表として権力闘争に汗を流し、理想の政治に突き進んだ。いま津島文治のような政治家を見つけようとしても、曇り空で星を見つけるようなもので、一人としていない。カネ亡者に取りつかれた人間失格のような面々ばかりだ。

いま永田町忖度の言論人崩れに徹する読売のツネや、ツネが支援した改憲派の中曽根・安倍一族は井戸しか、塀しか残らない人物はいない。そうして政治を眺めてきた凡人ジャーナリストだから、参院での国会代表質問を聞いていると、耳が自然と垂れてきて「聞くな」と五体からブレーキをかけてくる。

日本の民主主義のすたれようにいかんともしがたい思いに駆られるらしい。


<岸田文雄は1%の代表=公明・山口の「大衆と共に」は聞いてあきれる>

「ツネの改憲論にかしずく岸田」「財閥死の商人の片割れ」「ワシントンの犬」などと揶揄される岸田文雄は、護憲リベラル派閥の後継者のはずだった。木原誠二を活用しながら護憲と国民のための経済政策を推進すると思い込んだ宏池会ファンは多くいた。実際は?

「毎日新聞の西山太吉もその一人だったが、岸田に怒りを口にしながら生涯を終えた。他方、児玉誉士夫と共に中曽根政権づくりに汗を流したツネの方は、改憲強行を条件にして、岸田の番犬となって蓄財に励んでいる」と永田町の水面下で語られている。


岸田には日本人の心がない。弱者に光を当てるという信念がない。アベノミクス・黒田や植田の円激安の金融政策を止めない。1%のための国政に専念している。覇道に徹した輩であろう。

公明党もとことん腐った。代表の那津男は「大衆とともに」とほざいていた。言葉だけを記憶している政治屋ではないか。


<「万博・カジノ利権」の維新の改憲論は危険すぎる!>

「身を削る」という当たり前の叫びは聞こえがいい。実際はハッタリだった。万博とカジノに執着する利権政党であることが、いまや一目瞭然であろう。


彼らの野心的な眼目は、平和憲法を破壊することにあることも、代表質問を聞いてはっきりした。「笹川ギャンブル財団の息がかかっている」「中山太郎の運転手に憲法を破壊されてたまるか」

(ここで二度ほど文章が消えた。言論の自由を封じるAIの仕業か。屈してなるものか)


大阪で誕生した維新党は要注意政党である。警鐘を鳴らしたい。平和と民主主義を守ることによって、アジアの平和を確立するという当たり前すぎる護憲の国民は、いつの世でも健在である。

世界に光輝を放つ希望は、戦争を阻止する、戦争をさせない日本国憲法を死守することに尽きる。

ツネの信念は間違っている。歴史の教訓は破壊されない。


<43兆円戦争準備に昭和の反軍政治家・斎藤隆夫不在>

昭和の反軍政治家・斎藤隆夫のような見識のある政治家は、安倍・岸田内閣を通して一人も現れなかった。

43兆円に目を覚まさない政治家が一人もいない日本!ツネの言論に屈してしまったのは、岸田の自民党だけではなかった。公明党も屈した。維新・国民民主党でさえも「乞食政党」に成り下がってしまった。立憲民主党の一部も腐っている。いまこそ反軍政治家・政党が台頭する時であろう。平和国民はゴマンといるのだから。時代は変わっても、貧しくても平和に生きたい国民は、文句なしに多数である。無党派層がカギを握っている。利権政治屋に反発し、井戸塀議員のような政治家に共鳴する!大衆は井戸塀政治家に献金するものである。

2023年10月27日記(反骨ジャーナリスト・日本記者クラブ会員)