田舎でも軍靴ひたひた?<本澤二郎の「日本の風景」(4688)

<戦争神社の装い新た=増える神社・皇室報道>

 毎年のことだが、とても親切な友人ジャーナリストに甘えて国会の手帖をいただいている。手元に「国会手帖」が届くと、しかし不思議と違和感で、少し気分が重くなる。有難く頂戴して使用しているが、気になる点は、全国の神社の祭礼がびっしりと書かれている。もちろん、衆参の手帖にそれは当然ない。自民党議員などは、税金で手に入る衆参手帖を使わないで、民間が発行している「国会手帖」を使用しているのであろう。戦前の国家神道の復活の勢いを感じさせられる。明白な政教分離違反をいざなうかのような手帖なのだ。統一教会問題が提起した重大深刻な触れられない問題は、戦前の過ちを糺して政教分離を厳しく律した日本国憲法に違反してることを、無知な国民にしっかりと教えてくれた点である。おわかりか。


 そういえば、くだらない話題も含めて皇室報道が沢山増えている。神社関連の報道も、右翼メディアに限らない。千葉県などの広報にも神社報道が幅を利かせ始めている。戦争神社の勢いを感じる。油断大敵だ。


<気になる神社群と流されるだけの老人の社会に大きな格差>

 医師から運動不足を指摘され、20年か30年前に歩いていた山間の道を歩いた。ざっと1時間半。歩き過ぎだ。途中でさまざまな変化に気付かされた。荒れる農地は心が痛くなる。人々の高齢化と精神の荒廃を感じさせてくれる。


 廃屋が進行する一方で、かつては門前町とおぼしき街道には、実に立派な住宅群を見つけた。地方でもおおきな格差が拡大している。富者は豊かになり、多くの貧者はコロナ禍と大不況で泣いている。道路に人影は少なく、軽貨物車を運転するのは老人ばかりだ。地元の住人とおしゃべりしていると、一部に元気なお年寄りの暴走?ぶりも必ず話題になる。夫婦仲も複雑なのだ。

 幼いころ、家の近くに念仏講のような家があった。お年寄りが集まり、茶をすすりながら巨大な数珠を回す不思議な様子が今も記憶の中に残っているが、現在も一部で行われているらしい。他方で、いたるところで目に付く神社群の装いが新しくなっている。はたと「戦前に生きる21世紀人間」に気付いてたじろいでしまう。

 心和む場所もある。荒れる農地を生かそうとしてブルーベリーの畑があるが、その近くの清水池に巨大な鯉が悠然と泳いでいる。その池の名前は「ほたるヶ池」。農薬農業のせいで、蛍が生きられない農村に変質してしまっていたのだ。

 その昔、オリエンタルランドの接待ゴルフで「蝮の出るゴルフ場」に入ったことがあるが、現在は名前が変わっていた。確か蝮のお陰で、このゴルフ場は場外に飛んできたゴルフボールで、山のようになっているだろう。


<水源地「いっせんぼく」の両側の山に大きな太陽光発電>

 この地にたった一つだけ地元の住民が誇れる場所がある。このあたりでは珍しい広々とした湿原地に、地下水がぼくぼくと湧き出ている。その数は数百かそれ以上か。古来の住人は千の泉、すなわち「いっせんぼく」と呼んで、水田耕作から外した。

 いたるところから、ぼくぼくと湧き出る様は見事だったろう。だがこの世は善人だけではない。金目当ての悪党が多い。いまこの「いっせんぼく」の両側の山は木々をはぎ取られ、そのあとに太陽光発電が設置されてしまった。

 「いっせんぼく」は昔の名前をとどめているだけで、いまはものさびしい。それでも山裾から湧き出る清水は、小さな流れから小川となって、近くの武田川に流れ込んで、水田を潤している。


 この清水を自然に任せて活用して飲み水として提供すれば、汚染した小櫃川の生活水を補完できるだろう。あるいは清水を好む鮎などの養殖をしてもいいかもしれない。そうでないと宝の持ち腐れだ。地方の役人や首長のレベルの

低さも関係しているだろうか。

 武田川の鴨はことし二匹しか見当たらない。近くの工場からの汚染水の影響か。小役人には関係ないのだろう。


<気になる山ひとつ隔てた水源地に「核のゴミ」埋設現場>

 21世紀の房総半島は、貴重な自然の源である山々が削り取られ、建設用の土砂が都心に運ばれた。そこに大量の有害物質が埋設、ごみ溜めと化した。次いで無数といっていいほどのゴルフ場が、自然を破壊し、そこに貼り付けられた芝生に大量の除草剤が使用された。

 房総の大地は、農地も山林も農薬漬けなのだ。「今だけカネだけ自分だけ」の日本人は、ずっと昔からなのだ。やくざ代議士が誕生した土壌である。戦争準備に岸田文雄が、その系列の政治屋を起用した理由でもあろう。

 この「いっせんぼく」の山一つ隔てたところに「核のゴミ」が埋められて、その上を太陽光発電が覆って隠している。国も県も市も沈黙して逃げ切ろうとしている。直感だが、軍靴がひたひたと聞こえる房総半島の今である。日本列島全体がそうだとすると、日本の明日はない!

2022年1月18日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)