国家主義の暴走<本澤二郎の「日本の風景」(4435)

<緊張をつくり煽り・敵を作り出し大軍拡で血税を懐に入れる!>

岸信介信奉者の森喜朗、ついで小泉純一郎、安倍晋三の清和会の面々は、いうところの戦前の天皇制国家主義・ナショナリズムに飲み込まれたナショナリストの派閥といえる。いまでは菅義偉を経由して、現在の岸田文雄へと継承されて、依然として異様な雰囲気を内外に醸し出している。


 憲法が否定する国家主義に対して、言論界も学者文化人も沈黙して恥じない。言論の自由は、むろん、自民党内からも消えてしまっている。最近の国境なき記者団の調査によっても、日本の言論の自由度は、世界各国の中で70番目台という。

 日本国憲法が保障する言論の自由が押しつぶされている。NHKまでも読売産経化してしまっている。自由なはずのネットの世界も、怪しい動きを連日のように見せつけられている。お世辞にも、自由で民主主義の国と胸を張れない。第三者は理解できないだろうが、これは事実である。


 昨日は本ブログで、5・3憲法公布の天皇勅語論に触れた。勅語そのものについて法律家は批判しているが、それでもヒロヒトは国家主義者らに厳しい縛りをかけている。だが、彼らはいとも簡単にそれを軽く飛び越えて、改憲軍拡のラッパを平然と鳴らしている。時代の岐路だとばかり、許されざる天皇制国家主義に突進して恥じない。目下、バイデン・プーチン戦争を好機と捉えて、ナショナリストらは「軍事費を2倍にしろ」「敵基地攻撃を可能にしろ」と官邸を包囲している。


 宏池会史上最悪の優柔不断の岸田をよいことに、自民党挙げて改憲軍拡の銅鑼を鳴らしている。歴史も知らない、憲法も読んでいない国家主義者は「専守防衛を外せ」とわめく始末だ。「もはや自民党に理性はない。ゴロツキのような政党になってしまった。特にこの10年の間に変質してしまった」と清和会OBは嘆いて「安倍を潰さないと日本が亡びてしまう」と悲壮感を漂わせている。


<米国の産軍複合体を喜ばせる、ジャパンハンドラーは死の商人>

 この結果は分かりきっている。ワシントンの政治を事実上掌握している産軍複合体を感動させている。事情通は「国家主義者はジャパンハンドラーズの言いなりだ。日本の資産は、アメリカの死の商人の懐にどんどん吸い上げられている」と内情を暴露している。

 昨今の、米国との金利差と原油天然ガスの急騰による物価高と急激な円安に打つ手なしの日銀と財務省の、お先真っ暗闇の事態に対して、真剣に心を痛めている民衆も哀れだ。そこに目を向けようとしない政府、それでも7月参院選は自公楽勝といわれる。

 未だに自由だ、民主主義だと吹聴するワシントンも「プーチンのロシアと大差のない帝国主義にまみれている」との鋭い指摘も垣間見える昨今だというのに。

 ジャパンハンドラーズに首根っこを握られている、国家主義者による日本政治を逆転させる方法は一つある。それは主権者が、主権者らしく振舞うことで可能なのだ。フィリピンを学ぼう。


<福祉を壊し財政を破綻させ、国を亡ぼす>

 このままでは、残念ながら国滅ぶ日本となろう。1945年8月15日のことを思い出す日が、必ず来るに違いない。現状はゆでガエルの日本だ。国家主義が派手に乱舞している結末は分かりきっている。歴史の教訓だ。


 死の商人に踊る日本人でいいわけがない。悲しいことだが、この10年の国家主義が、参院選後に真っ黒な花を咲かせる確立が高い。ここは日本だ。識者は声を上げねばならない。

 ウクライナの現状を知れば、9条の憲法に目覚めることが不可欠だが、ナショナリストは逆である。ナショナリズムに屈した言論もまた、危機を伝えようとしない。歯がゆい2022年危機であろうか。


<政治家失格=今だけ、自分だけ、カネだけの政治=日本の危機>

 いま日本に政治家はいない。ステーツマンがいない。ポリティシャン・政治屋ばかりではないのか。野党にもいない。


 世界一高給を食みながら昼寝をしている政治屋か、という声も聞こえてきている。昨日、庭の手入れのため、安い砂利を4袋買い込んだ。一つ20キロの重さだ。車から降ろして庭先へと運ぶのに、両手で両端をつかんだが、力不足で失敗。腕と胸で支えるようにして運んだ。たったこれだけで、朝目が覚めると、腰が痛い。油断すると危ない。ナショナリストの強引な改憲軍拡論も同様であろう。福祉が壊れ、財政は完璧に破綻する。日本沈没を100%確実にする。

 戦前の天皇制国家主義は1945年に破綻した。目下、ワシントンの産軍複合体・死の商人によって、復活したか、その寸前である。それこそネオナチのような国家主義に身を任せてはなるまい。

2022年5月5日記(東芝製品不買運動の会代表・政治評論家・日本記者クラブ会員)