公邸大嫌いな菅義偉<本澤二郎の「日本の風景」(3997)

<危機管理SOS!歴史と伝統を誇る贅を尽くした公邸回避なぜ?>

 高校まで秋田県の田舎育ち、その後に上京、自民党国会議員の小此木彦三郎秘書のK子さんの目に留まり、めでたく横浜の地元秘書になって、市議から政界に転じた菅義偉である。そんな彼が、立派過ぎる首相公邸入りすることを嫌って、安倍晋三同様に逃げ回っている、と議会でも問題になっている。


 日本は10年前の311に限らない。歴代の公明党国交大臣が、国土強靭化を軽視していたことと、地球温暖化の影響も加わって、様々な巨大災害が発生する運命的な列島の地盤で、人々は生活している。したがって、危機管理上、政府のトップは、首相官邸から歩いて、わずか1分ほどの距離にある公邸での生活をすることを、国民に約束している。


 ところが、就任3か月は、高級ホテルでの高級レストランで毎日、それも安倍に倣って自身の金ではなく、血税である官房機密費を使って、コロナ禍を我関せずとばかり、贅沢な食事三昧の日々を過ごし、国会を開こうともしなかったことを、国民はまだ記憶している。


 今の公邸は、2005年に重厚な歴史と伝統を誇る旧官邸を大改修した。和室や茶室、外国の賓客をもてなせる立派なダイニングルームと、加えて周囲は緑の樹木で囲いこんで、環境も満点である。むろん、要人警護も万全である。首相公邸としては、第一級であろう。


<赤坂村がたまらなく好き?寂しがり屋の弱虫人間?>

 首相になる前の小泉純一郎と、赤坂村で出くわしたことがある。独身だから、いつも羽を伸ばしていたらしい。議場では「居眠り大好き人間」と議席横の知り合い代議士が証言してくれたものだ。


 菅も赤坂大好きの一人なのであろう。公邸は堅苦しくて、呼吸が出来ないと思っているかもしれない。それとも寂しがり屋なのか。


 そうだとしても、日本国民の生命財産を守る最高責任者である。公邸にいないと、1分1秒が大事な緊急な場面においては、公邸に住むことが最低の義務のはずである。それでも「いやだ」という理由は、ちゃんと他にあるのである。


<菅は大の密会好きの典型的な政治屋>

 国民生活を預かる宰相の責務は重く、まともに対応していると、ほぼ2年で息切れしてしまう。安倍は嘘をついて逃げ回ってばかりいて、総計8年以上歴任した。ということは、まともな首相でなかった何よりの証拠である。


 安倍の公邸住まいは、合わせても1か月にも満たないはずである。そこで、今朝ほど電話をくれた御仁にも聞いてみた。彼は福田副総理秘書時代、よく官邸を出入りしていたので、公邸嫌いの理由に詳しい。


 筆者は駆け出しのころ、社長の徳間康快の用件で、東京タイムズの先輩で、当時、田中角栄首相秘書だった早坂茂三のもとに走った。彼は、公邸の地下の部屋で仕事をしていた。

 彼のそばに目下、赤字報道で話題のブリジストン株を、母親から相続することになる鳩山邦夫もいた。邦夫は田中の下で書生をしていた。その担当者が早坂だった。なんとなくかび臭い地下室への通路にも、赤じゅうたんが敷いてあったものだ。


 赤じゅうたんというと、国会がそうだが、首相官邸も公邸も赤じゅうたんだった。大金をかけた贅を尽くした施設から、ソッポを向けて逃げている菅は、2月15日の国会答弁で「緊急事態に対応する体制は、日ごろからしっかりとっている」と釈明して追及を避けた。


<好きな密談を自由往来の議員宿舎で見つけたり!>

 余談だが、首相執務室は、外部の人間はなかなか入るチャンスがない。一度入室したことがある。海部俊樹首相の時だった。使いこなした重厚な机が今も覚えている程度で、周囲の置物などは記憶にない。


 本題に戻ると、首相が公邸住まいを嫌う理由の第一は「女房がまず嫌がる。精神的緊張感に耐えられないからだ」「第二は警備が完ぺきで、人の出入りがチェックされる」、その点で議員宿舎には、それがない。「議員同士、自由に往来できる。新聞記者を排除できる。菅のいる赤坂の議員宿舎は、ランクも上で、申し分なく設備が立派にできている。議員宿舎を公邸代わりに使うことを発見したのは、菅が初めてだ」となる。


 そういえば、菅は議員会館にもよく出入りしている。時には、ここも密会場所なのだ。未だ試運転の最中であることを、誇示しているようでもあるが、危機管理上、議員宿舎住まいは大問題であることを指摘しておきたい。

2021年2月17日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

(追記)我が家の庭の梅が咲き始めた。菜の花もちらほらと。