2022年11月

清和会秘話15(最終回)<本澤二郎の「日本の風景」(4630)

<戦後77年、A級戦犯の亡霊が徘徊する政治のメッカ・永田町の異様

2022年は戦後から数えて77年。まともな国であれば、戦前をすっきりと振り払って、民主主義の開かれた政治にならなければならなかった。どうだろう、現実は戦争犯罪人として逮捕された悪人とその後裔の面々が、日本を動かしていた!

 「A級戦犯の亡霊が徘徊している永田町」なのだ。腰を抜かすような日本政治の表面化から5か月も経とうというのに、政党も司法も官界もおたついてばかりいて、前に進んでいない。「日本の風景」を書いてきてみて、これほどの驚きはない。昭和天皇ヒロヒトが300万人の戦没者に反省と謝罪をしなかったことも、いわんや好戦派の天皇だったことも判明したことも衝撃だったが、戦後もヒロヒトの配下とその後継者らが外国のカルト反社会的宗教団体と共謀して、国の権力を掌握し、主権者である日本国民を支配していたことに声も出ない。

 真っ当な為政者であれば快刀乱麻、鬼や悪魔人間を退治する時だろう。だが、当事者にその認識が不足している。それどころか、統一教会の逆襲に遭遇している岸田文雄内閣ではないか。清和会の腐った壁を登れないでいる。すなわち統一教会が反転攻勢に転じているのかもしれない。

 不気味すぎる政局が始まっている!「清和会秘話」連載は本日でいったん

閉めようと思う。


<妻を泣かせ続けた安倍晋太郎と晋三の男尊女卑>

 「政治家の妻」は、その多くが泣いている。夫の浮気は当たり前の世界だ。妻は秘書と仲良くなって、夫が亡くなった後、夫が遺してくれた大学を経営した。離婚騒動に発展する事例も聞いたことがある。

 夫が帰宅すると、待ち構えていた妻は手に持ったハサミで、夫のネクタイを切り刻んだ例もある。命がけの職業である政治家は、したがって本物らしい人物がいない。筆者は自民党公明党の議員を、全体の奉仕者ではなく、遠慮なく政治屋と呼んでいる。


 「夫が政治家でよかった。尊敬している」と語ってくれたのは、志賀節夫人の良子さんだった。政界一の美人で、確か学校は昭恵の先輩。夫妻とは何度も蒲田駅ビルで食事をしながら、政局について語り明かしたものだ。志賀は国盗りに失敗したが、夫人は政治家の妻として幸せな人生を送った。今どうしているだろうか。


 問題の安倍家の妻たちは、外見とは裏腹に人知れず苦労した。晋三の父親の晋太郎の不倫は、とても有名だった。当初は夫人の洋子も気付かなかったらしいが、晋太郎よりも洋子に忠誠をつくした秘書が口を開いたようだ。その秘書を安倍家に送り込んだ人物の証言だ。

 すい臓がんで亡くなる前に晋太郎は「秘書に脅されて参った」と悲鳴を上げていたという。これは晋太郎が信頼した元政治記者の証言だ。息子の晋三も親父の秘書となって、札幌に行く機会が増えて遊び始めた。地元の秘書が自身の点数稼ぎもあって、必死で接待に力を入れたのだ。

 第一次の安倍内閣発足する時点で、晋三の女問題が新聞界で浮上したが、なぜか紙面を飾ることはなかった。「仮面の夫婦」が、晋三夫妻に命名されて久しい。


<米南カリフォルニア大学に1年留学した息子の面倒を見た朴東宣>

 安倍晋三について詳しい人物というと、今でも活躍している藤原肇であろう。一時期、公明党創価学会の機関誌のような記事を載せていた「財界にっぽん」の誌上で、実に怪しげな「松下政経塾」のことを論破する対談をしたこともあった。

 フランスに留学して、米国の石油採掘に首を突っ込んだ後、活字の世界に飛び込んだ。ナチズム・ファシズムの研究は、日本人のジャーナリストをはるかに上回る。これらにのめり込んだ輩の後裔にもメスを入れる本を何冊も書いている国際派ジャーナリスト。安倍晋三を男にした小泉純一郎にも詳しい。

 藤原は韓国の諜報機関KCIAによる米議会工作事件・コリアゲートは、当然のことながら取材が豊富で、その関連で安倍の南カルフォルニア大学の僅かな期間の留学生活も調べ上げていた。

 岸や文鮮明・朴正熙に連なる朴東宣の正体にも。彼は「安倍の面倒を見ていた」という不思議な情報をくれたのだが、東京暮らしの凡人ジャーナリストには到底、そこまでは信じられなかった。


 勉強嫌いの安倍は両親泣かせで知れ渡っていた。語学留学(1977年)もそこそこに79年に帰国すると、祖父の岸信介が孫を神戸製鋼に入れた。当時、自主憲法制定を叫ぶ岸の朴正熙らとの韓国人脈は健在だった。ジョージタウン大学OBの朴東宣が、あれこれと晋三の面倒を見ながら、反共主義を叩きこんだとされる。安倍の反共教育は、台湾の李登輝もいる。父親の晋太郎は、戦争体験もある。戦争の恐怖を知っているため、極右を嫌う。その点、晋三は文鮮明や岸の好戦的反共主義に染まることに問題はなかった。

 反対にファシズム・ナチズム研究者は、核武装も吹聴する晋三的な人物を警戒することになる。ワシントンやモスクワも同様であろう。本格的な軍国主義復活に突っ込む安倍晋三を警戒する研究者や諜報機関は、第三次安倍内閣構想に動き出した安倍に危機感を抱いて不思議ではない。7・8銃撃事件の背景や解剖からは、山上単独犯ではないことがわかる。法務検察の処理能力をはるかに超えている元首相暗殺事件である。

 安倍や麻生太郎ら核武装論者と靖国神社参拝派を国際社会は、密かに警戒してきた。例えばオバマ政権の要人は、靖国を避けて非政治的な戦没者墓苑の千鳥ヶ淵に出向いて献花した。この点からも自民党内、特に極右・清和会とそれに同調する面々を監視、盗聴する動きは、容易に想像できるだろう。ケネディ暗殺は、狙撃手によるものだったが、晋三の心臓を射抜いた真の犯人もまた狙撃手である。

 

<韓国のKCIAの米議会工作(コリアゲート)で逮捕された疑惑の人物>

 1976年に発覚した韓国政府による米議会買収工作、いわゆるコリアゲート事件で逮捕され、一躍有名になった韓国人実業家?の朴東宣のことを、藤原に聞かされても、不勉強な凡人ジャーナリストは理解できなかった。

 永田町の取材に凝り固まっていたこと、さらには東芝経営の東芝病院に、誤嚥性肺炎の治療で救急搬送した次男正文を、東芝は警報装置もつけない個室に押し込み、しかも窒息死を回避するためのタンの吸引を100分も放置して窒息死させた東芝病院は、2010年4月7日から12年経っても、反省も謝罪もしない。そのことで小さな凡人の脳は詰まっていて、藤原の話を咀嚼する力がなかった。

 余談だが、息子の悲劇をいま財務大臣をしている鈴木俊一に伝えると、彼は「同じ病気を岸信夫もしている。彼は助かっている」と話してくれた。

 世の中には不運な人間もいる。幸運な人もいる。岸は政治家になって防衛大臣にもなった。次男と比較すると、その落差は計り知れない。


 コリアゲート事件は、ニクソン共和党大統領が、韓国に駐留する米軍を撤収させるという立派な計画に、朴正熙の軍事政権は驚愕した。これを阻止するために大金を米国議会の関係議員にばら撒いた。その主役のような役割を朴東宣が担った。彼は下関の韓国ビジネスでも活躍していて、安倍父子とも関係があったともいわれている。

 朴東宣はこの大事件から解放された後、米国留学中の晋三の面倒を見たのであろう。この時点で既に文鮮明のワシントン工作は進んでいた。事件にも関与していた可能性が高い。晋三と統一教会の関係は、南カルフォルニア大学時代から始まっていたかもしれない。


<岸信介と文鮮明・朴正熙につながる韓国右翼とのつながりは古い>

 孫の面倒を文鮮明や朴正熙の配下に頼めるという日本人は、まずもって岸と安倍家ぐらいだろう。そうそう、加計孝太郎も一緒だったかもしれない。二人の写真がネットに登場している。

 日本軍の教育を受けた朴正熙が、その後、日本侵略軍の本拠地・満州国政府に赴任した岸と出会っているとすると、敗戦後の日本と解放後の韓国で揃って政治指導者となったことに驚きを禁じ得ない。この線上に文鮮明と朴東宣がいた。

 日韓の右翼の連携は、古くこの時からである。

 この11月13日に岸田首相とユン大統領の3年ぶりの日韓首脳会談は、右翼政権同士ゆえに実現した。韓国の左翼前政権と安倍内閣の激突は嘘のようである。岸・文・朴の右翼連携は、今に継続している負の日韓関係である。


<「麻薬を覚えてきた晋三」「警察に捕まった」などとライバル事務所>

 現役の政治記者時代に安倍父子の事務所に一度だけ出向いた。台湾ロビーの取材のため、晋三事務所で本人と会見した。彼は台湾独立派の李登輝の仲を自慢げに語った。今の台湾は、李登輝との流れをくむ蔡英文だ。彼女の選挙に晋三は相当な支援をしたようだ。岸信夫もそうである。

 選挙区の関係で、安倍晋太郎と田中龍夫は同じ清和会だが、激しい選挙を繰り返すライバル同士だった。田中事務所に行くと、安倍父子の興味深い様子を知ることが出来た。田中事務所の中内節子は、出入りする記者の背景を調べていたらしく、安倍事務所に出入りする記者とそうではない記者を差別していた。

 バランスを欠く取材となったが、安倍事務所の様子が手に取るように分かった。これほど同一選挙区のライバル関係は、相手の情報を取ることに役立つ。むろん、事実を大きく伝えがちなので、そこは配慮が必要だろう。ただし、全くのデマとはいえない。


 「晋三はアメリカで麻薬を覚えてきた」「ロス市警に捕まった」などの息子の情報がいち早く入ってきた。晋三は、いずれは父親の晋太郎の後釜になることが分かっていた。「晋三の麻薬好き」は、祖父の満洲アヘン利権と比べようがないが、遺伝子を考えると合点するほかなかった。

 「勉強嫌いで家庭教師から物差しで頭を何度もたたかれていた」というたぐいは、家庭教師の平沢勝栄のところから漏れ出した秘密に違いなかった。

 中内節子は、田中龍夫の後継者・河村建夫の金庫番も務めるほどで、彼女に代議士の川村も頭が上がらなかった。森喜朗でさえも、彼女に一目を置かざるを得なかった。秘書の格は、議員の格に比例する。清和会内で田中は福田赳夫の側近として、大きなお腹を押しながら議事堂を歩き回っていた。


<安倍と統一教会の危険な仲を解明する歴史的使命が政府自民党>

 岸田文雄は意外と人がいい。馬力が弱い。他人に引きずられやすい。政治家としての信念がない。親類の宮澤喜一は英語の達人というよりも、護憲リベラルの強固な信念の政治家だった。

 中曽根後継に駒を進めるや、いの一番、自己の信念の発露ともいえる日本国憲法の平和主義を、公然と口にした。「核の時代はそれ故に戦争が出来なくなった。したがって戦争放棄を謡った9条憲法は、生き生きと光輝を放ってきた!」と。どうだろうか、核武装に突き進む安倍や麻生などの思考とは違う。安倍は、単細胞の幼児のようで、財閥に媚び、それ故に世論にうろたえる様子が目に見える。

 岸田には宮澤のような強い信念がない。統一教会とその仲間たちは、いま倒閣運動を密かに始めている。安倍の配下や御用記者も動員している様子が、突然、目に飛び込んできた。

 日本を駄目にした清和会と統一教会は、今も生きて日本人を食い物にしようとしている。負けられるか!

2022年11月20日記(政治評論家)

清和会秘話14<本澤二郎の「日本の風景」(4629)

<莫大な資産を溜め込んだ笹川財団と文鮮明・統一教会>

 この世に神も仏もいないが、人間国家が編み出し印刷したカネが国や社会を動かしている。国家は、国民から強制的に税金として奪い取っている。それを国民のために使おうとしないから、カルト政党は余計に非難される。戦争するために増税に走る馬鹿者も多い。その一部をかすめ取る笹川一族との指摘は、古くから指摘されている。ギャンブル利権(国交省)を擁護する公明党創価学会も、危ないカルト宗教政党であることが露見して久しい。カネと暴力で蓄財してきた笹川一族の資産がどうなっているのか、政府も国民も知らない。

 江戸時代にはやくざがお上の十手を握って捕りものをしていたが、それは極端な戦前戦後の事例と断罪する識者もいる。そこでは警察も検察も任務放棄し、沈黙して恥じない。すごい闇の日本に、平河町と信濃町が加担している!客観的に見て、清和会政治によって日本は衰退してしまっている。


 他方で、清和会権力を利用して小金持ちの財産を根こそぎ奪い取って、日米南北朝鮮などにばらまくだけでなく、ソウルに世界一の宮殿を建設している文鮮明の統一教会が、我が日本に存在して半世紀経つ。半世紀の間に数兆円以上も強奪して、呪われた信者を地獄に叩きこんでいる。まるで公明党創価学会と金集め競争をしているかのようだ。


 真っ当な日本政府の任務は、不正腐敗の統一教会と笹川財団の資金とその流れを明らかにして、国庫に吐き出させることだ。天命といえるだろう。


<岸・福田・文鮮明を支えた笹川のギャンブル利権=森・小泉・安倍の統一教会利権>

 7・8安倍晋三銃撃事件が、パンドラの箱を開けてくれた。主権者である国民は、その暴政の真実を知って度肝を抜かれている。有史以来の出来事は、A級戦犯で巣鴨入りした輩が、半世紀にわたって繰り広げてきたことだから、国民は声も出ない。

 安倍権力は、清和会・統一教会と笹川の権力そのものであった。清和会・自民党を解体して責任を取らせる今でなければ、この国も明日はない。他に方法があるだろうか。

 A級戦犯の手口は、戦前の国家神道に統一教会と、近年に創価学会を巻き込んだもので、したがってそれは狂信的極右の危険な政権である。笹川のギャンブル利権と宗教の冠をかぶる統一教会・神社本庁・公明党の連携に呆れるばかりだ。

 自民党政治は、清和会の森政権から小泉、そして安倍の時代に完璧に変質した。ジャーナリストは皆知っている。

 明日の日本再建のため、日本国民は自公政権を打倒し、信教の自由を悪用してきた悪魔のような財団・教団を解体する使命を、日本国民は帯びているはずである。


<福田派大集会に飛び入り参加した笹川良一老人>

 改めて筆者が目撃した事実を繰り返し、見ていない・知らない国民に紹介したい。福田派の大集会が都内のホテルで開催された時だった。壇上に福田赳夫がマイクの前に立っていた。そこでハプニング!

 もう80歳を越えているはずの老人が、駆け足で壇上に駆け上ってきた。その人物が笹川良一だった。総理総裁を目指す福田を激励するために、カネと暴力の黒幕登場に仰天した。笹川は岸と共に統一教会を立ち上げた張本人である。

 会場には統一教会国際勝共連合などの右翼関係者が一杯いたのだろう。普通の集まりに姿を見せればイメージダウンだが、岸を後継した福田は、笹川と文鮮明の支援を受ける立場だった。

 忘れようとしても忘れられない場面である。岸のA級戦犯人脈を継承した福田赳夫そのものだった。ライバルの中曽根康弘は児玉である。児玉を中曽根に紹介した人物が、読売のナベツネという。ワルが跋扈する日本なのだ。


<文鮮明の集会で「アジアの指導者」と絶賛した福田赳夫副総理>

 最近になって映像で目撃した福田と文鮮明の出会いにも腰を抜かした。そこでの福田の破格の挨拶も。統一教会国際勝共連合を率いる文鮮明に対して、三木内閣の副総理・福田が「アジアに指導者が現れた。その名は文鮮明」と大集会で絶賛、二人は抱擁までして会場から拍手をもらっていた。

 不気味この上ない記録された映像である。

 無関係な第三者はこの映像を見て、気味が悪いと思ったに違いない。 


<岸・福田側近の千葉三郎事務所に運転手で入り込んだ勝共連合>

 千葉三郎は千葉県茂原市の出身で、岸・福田派を代表する右翼議員だったらしい。らしいとは、駆け出し記者のせいで、当時の派閥の事情に疎かった。彼は自民党右翼議員のたまり場だった素心会の代表をしていたことから、なんとなく悟った程度である。既に岸は首相を辞めていたが、岸のことを東京帝大の先輩は「岸くん」と呼んでいた。

 晩年の千葉は、もっぱらブラジルの開拓に熱中していた。確かトメアスというところに、地元の人たちは墓まで用意した。地元の開拓者に尊敬されていたのだろう。石油危機の際は「マンジョカでアルコールを生産するんだ」と張り切っていた。福田のことなど眼中になかった。一度だけ町村金吾(元警視総監)と食事をしたことしか覚えていない。酒とは縁がなかった。

 千葉は東京タイムズ創立者と仲良しだったらしく、事務所に行くとひどく歓迎してくれた。品のいい寺部かつという美人の女性秘書も、いろいろと千葉のことや事務所内のことを説明してくれたのだが、その一つが「今度うちにきた運転手は、勝共連合からよ」というものだった。今からすれば重大な情報だったが、まだ一人歩きも出来なかった凡人ジャーナリストは、勝共連合と聞いてもいやな感じを持ったくらいで、ピンとこなかった。

 第一、文鮮明を知らなかった。1970年代のことだから、多少接触していれば全体を掌握出来ただろうと思う。

 運転手はいろいろな議員の秘密を知っている。統一教会の狙いだろう。大事な情報源となるが、問題の運転手とは、とうとう一度も話をしなかった。秘書は「あのような人と付き合っては駄目よ」と警鐘を鳴らしてくれたと理解したものだ。最近まで鎌倉市に住む彼女と年賀状のやり取りをしていた。


 千葉は一度だけ労相を歴任したが、二度と猟官運動をしなかった。「入閣するのに大金が必要」という事情を初めて知った。カネにきれいな千葉だった。従って千葉に近付いてきた林大幹(息子が二階派幹部)が、カネに躓くと事務所に寄せ付けなかった。そんな千葉が何度か「笹川さん」と口にした。岸も笹川も巣鴨のA級戦犯のはずだ。それでいて「笹川さん」?どういうことか、笹川は福田派の金欠議員にも献金していたのである。

 モーターボート競艇ギヤンブルを独占的に、いまも継承している笹川一族のギヤンブル利権は世人の想像を超える。近くに福祉施設があるが、周辺の人の評判がよくない。その一つが「笹川資金」を受け入れたからだという。昔は船舶振興会、名前を変えて財団にした。財団がいくつもある。


 晩年の笹川良一はテレビのCMで自己宣伝に励んでいたが、知る人ぞ知るである。笹川と文鮮明の統一教会は、間違いなく一体化している。森喜朗の事務所が笹川財団にあることも知った。清和会最大の恥部は、笹川ギャンブルと統一教会ということになるだろう。

2022年11月19日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

清和会秘話13<本澤二郎の「日本の風景」(4628)

<戦争を反省しない岸信介・笹川良一ら「黒い人脈」は消えそうもない>

 この世は黒が優勢なのか。A級戦犯の「国賊」たちの後裔を見ていると、誰もがそう思うだろう。転んでもただでは起きない黒い正体に対して、無知で、虐げられてきた大衆はほぞをかむばかりだ。反社会的なカルト教団・統一教会の処理などまともな権力行使なら1日で処理できそうだが、意外にも政府も議会も、司法さえも手こずっている。カルト教団仲間が応援し「信教の自由」を逆手に取られているようで、余りにもみっともなさすぎる。


 選挙で決着するほかないのだが、無知で弱い庶民にその爆発力はない。足腰が弱すぎる。かくして岸や笹川らの「黒」は、しばらくは地中?に潜んで、人々が忘れたころに浮上しようとしている。

 77年前の敗戦時の失敗を繰り返そうとしているのだ。岸の長女は沈黙しているが、安倍晋三の後継者問題を忘れたわけではない。次男の岸信夫の息子たちは元気らしい。笹川ギャンブル財団は、安倍内閣下に、信じられないほど巨大な規模に膨らんできている。

 安倍の配下は、自民党と内閣の枢要ポストを占めたままだ。スキャンダル議員は、清和会以外の者たちから噴き出す作戦を見事に演じて、国民の目から黒たちは逃げている。宏池会閣僚の醜聞作戦に新聞もテレビも踊っている。


<星島二郎の地盤を奪った加藤六月夫妻の遺産が財務省にも>

 前回紹介したクリスチャンだったという星島二郎は、油断をしていて地盤を秘書に奪われてしまった。「馬の目を抜く永田町」は本当である。よく知る福島県の八田貞義もそんな一人だった。秘書だった渡部恒三に奪われてしまった。池田勇人に声をかけられて政界入り、第二次池田内閣で官房副長官になったものの、八田は芽を出すことに失敗した。

 衆院環境委員長の時は、房総半島のハマコー利権だったダンプ街道の視察もしてくれた人情味のある元日本医科大教授。丸山ワクチン認可に奔走したが、東大閥に封じ込められた。


 星島は衆院議長までした大物だったが、それでも秘書の加藤六月に見事に奪われた。普通は心酔した議員から秘書が禅譲されるものだが、六月は違った。こっそりと星島後援会を奪い取って、自ら代議士になったいわくつきの人物。運輸族として同じ派閥の三塚博と闘って敗れ、清和会を除名されているが、それ以前では、安倍晋太郎に「忠誠」を誓い、安倍内閣の実現に賭けた。

 ある種の浪花節さながらの行動も、元陸軍士官学校の肩書が、軍需産業の三菱と関係が深い安倍晋太郎に惚れこんだのか。星島の秘書になる前は日教組活動にも飛び込んでいた。野心家の人だった。

 星島が政界引退したのちに、娘の節子(元TBS社員)らが父親の足跡を調べていくと、星島名で都内のタクシー会社などを経営し、金儲けをしていることが発覚した。星島の遺志を継承する関係者の政界入りに対しても、安倍ともども抵抗して自民党の公認をさせなかった。要は、星島の芽を完全に消滅させるために異常な行動をとった。

 敵をせん滅させるという陸軍の価値観が、政治家になっても貫徹していた。

 そんな六月を岸の娘婿は、高く評価した。


 横道にそれる。大手の新聞テレビなどは国有地をタダ同然に払い下げてもらった。読売はナベツネ、毎日は安倍晋太郎である。東京タイムズはというと、新橋駅前の7階建ての小さなビルだった。大地震で持ち応えられるかかなり危険な建物だった。すぐ隣は都営地下鉄が走っていて、都有地を占拠していた。そこで社長の徳間康快が、僅かな場所なので買収したいといって政治部長に声をかけてきた。

 運輸族に声をかければ済む事案だ。運輸族というと、石原慎太郎、加藤六月、三塚らだが、徳間と相談して三塚に絞った。彼は庶民的な性格だったからで、加藤の陰湿さがなく、台湾派青嵐会の石原は最初からはずした。徳間はその後に徳間書店のビルとして建設したが、メインバンク(平和相互)が住友に買収され、今は三井住友に所有権が移転されているだろう。この件では当時、大蔵大臣の竹下登にも頼んだ。

 消費税の課税免除の場面では、新聞をナベツネが、週刊誌など雑誌関係を徳間が処理した。この時は自民党三役の小沢一郎・渡辺美智雄・西岡武夫に陳情した。政治部長は、会社や業界の雑用処理に狩り出されるものである。これも勉強にはなった。


<「県議の娘」は安倍洋子と金丸悦子を抑え込む>

 古来より「人(将)を射んとせばまず馬を射よ」といわれてきた。佐藤内閣で官房長官になった木村俊夫は、田中内閣で日朝正常化に汗をかいたことで知られるが、元佐藤派秘書の話では、彼は佐藤栄作夫人の寛子に毎日のように高級菓子を贈っていたという。この手の「馬を射よ」の話は、永田町に少なくない。猟官運動の一つだが、加藤六月の場合、その重大な役割を果たしたのは、県議の娘から六月の妻になった睦子。

 彼女は夫の浮気でイラついていた安倍晋太郎の妻で、岸の長女・洋子詣でを繰り返した。星島秘書時代は、後援会幹部を懐柔し、資金集めに星島の名義で会社を立ち上げたやり手。

 都内一等地に豪邸を建てると、そこからマイカーを運転して洋子のもとへ、さらには金丸信の妻、悦子の家にも飛び込んでいった。いかつい印象を与えかねない夫のマイナス面を、見事にカバーしていたのだ。

 陸軍士官学校ではこうしたことも学んだ六月の指示だったのか。それとも県議の娘として体得していたものか。六月の晋太郎支援は、妻に頭の上がらなかった分、夫は彼女の言い分を聞くしかなかった。

 六月が亡くなった時、葬儀委員長に晋三官房長官が選ばれた。安倍家の出来の悪い問題児を擁護してきた洋子の言い分は、その後も六月の娘婿の人事でも発揮した。


 晋太郎の信頼は厚かったが、派内の評判は必ずしも良くなかった六月。ロッキード事件では「灰色高官」として話題となった。リクルート事件でも注目を集めた。カネ問題でいつも話題になる睦子の夫だった。

 睦子は手を広げた。実力者の金丸信夫人の悦子との関係も構築した。中曽根内閣と竹下内閣では、飛ぶ鳥を落とすような勢いのあった金丸を抱き込むためだった。ちなみに竹下と金丸は親類である。二人とも後妻同士の仲を、一段と格上げして国盗りを実現する策略だ。晩年の角栄も竹丸連合に破れてしまった。

 今回初めて金丸夫人を写真で見た。素敵な顔つきの女性だ。金丸も彼女の一言に折れる間柄だった。睦子はそこに狙いを定めた。六月が三塚に後継争いで敗れ、除名されると、娘婿を金丸の経世会に送り込んだ。いま自民党幹事長の茂木と勝信の、統一教会をめぐっての確執が話題を呼んでいる。


 睦子最後の仕事は、娘婿の元財務官僚の勝信を閣僚(厚労大臣・官房長官)に就けたことである。洋子の一言に晋三も折れた。なんと六月の娘までも内閣の役職に就けた。権力の乱用を息子にさせるすごい洋子と睦子だった。後者は、晋太郎と同じすい臓がんで亡くなった。衝撃を受けた人物は洋子だ。安倍晋三に賭けた輩たちは、勝信を含めて統一教会との関係は深い。

 下村博文・萩生田光一・高市早苗・西村康稔・稲田朋美・松野博一らの動向は、引き続き注目を集めている。

2022年11月18日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

清和会秘話12<本澤二郎の「日本の風景」(4627)

文鮮明の統一教会だけでなかった清和会と韓国の不思議なつながり>

 岸の孫である安倍晋三は例外だろうが、そもそも朝鮮民族は優秀である。勤勉・清潔で、かつ教育に熱心である。日本に渡ってきて指導層の地位を獲得するのも、ごく自然だったと思いたい。

 宇都宮徳馬は、父親の太郎陸軍大将兼朝鮮軍司令官が朝鮮半島の平壌で勤務していたころ、現地で再会している。その時の「親父の薫陶」を生涯、覚えていて、何度も聞かせてくれた。「朝鮮の文化は日本と比べ物にならないくらい高い。大きくなったら朝鮮の女性と一緒になりなさい。決して朝鮮人を馬鹿にしてはならない。いいか、わかったね」と。

 陸軍参謀本部に勤務していたころは、中国革命の孫文と連絡を取っていた。まさに開明派を代表していた。長州の山県有朋とは違った。

 その優秀な民族が、日本侵略軍に屈し、36年間も植民地支配を受けていたわけだから、その怨念が容易に解消することはない。100年、200年の時間を必要とするだろう。

 日本の縄文や弥生からの近代化は、大陸の文化が朝鮮半島を経由して伝わってきたことに由来する。銅や鉄の文化は、半島から人と共に伝わってきたものだ。日本古来の原始宗教の神道もそうであろう。結果的には、文鮮明が売国奴のA級戦犯を見事に操って、日本の権力中枢を制圧しても、歴史をたどると不思議ではないのだが。


 しかし、それでも歴史の教訓を受け入れ、学んできたはずの多くの日本人は、迷える小金持ちの女性から身ぐるみを全てひとつ残らず剥ぐという強奪を許容できない。国際社会の価値判断であろう。反社会的な文鮮明の統一教会は、日本から追い出すしか方法はない。

 岸・福田・安倍の清和会もまた、韓国との不思議な縁が存在した!佐藤家から養子に出された岸家を、木と子で李となるところから朝鮮の人と解釈する向きがある。


<赤坂プリンスホテルは朝鮮・李王家の邸宅を西武の堤康次郎が買収>

 乱暴すぎる日韓併合(1910年)によって、朝鮮の李王朝は日本の皇族に従属することを強要される。王朝最後の皇太子・李恨(土ヘン)と妃の日本皇族の梨本宮方子の大邸宅(紀尾井町)が、日本敗戦で廃位させられた。激変する廃墟の東京における朝鮮王朝の大邸宅は、1952年に幕を引いた。この一等地を買収した人物が、西武の不動産王の堤康次郎だった。

 方子が星島二郎(堤も共に衆院議長)に相談し、滋賀の不動産財閥の堤に持ち込んだ。落ちぶれた皇族の邸宅を買い占めていた堤のもとで、赤坂プリンスホテルに生まれ変わった。この一角を堤が福田赳夫に格安で提供し、清和会の本陣となった。

 

<1952年まで梨本宮方子(李・皇太子妃)が住んでいた大邸宅>

 方子が大邸宅を手放した1952年というと、アメリカではアイゼンハワーが共和党から出馬して当選している。イギリスではロンドン・スモッグで数千人が死亡した。NHKが菊田一夫脚本の「君の名は」を放送、日本が主権を回復、独立した年でもあった。意外なことに、この年に日蓮正宗の信徒団体・創価学会が宗教法人になった。

 皇太子は既に亡くなっていたが、方子は1970年まで生きた。赤坂プリンスホテルの今は知らないが、間違いなく国会議事堂や首相官邸のように赤じゅうたんを敷き詰めてあった。平民との格差が見て取れる。

 朝鮮の人たちは、他の民族との結婚を排除するという。大陸では、漢民族に吸収された満州族と異なる。昔の話では「岸番の田中六助と安倍晋太郎が岸の長女の洋子をめぐって奪い合いをした」とささやかれたものだが、それは最初からなかった。晋三もそうだったが、晋太郎も同じ民族同士の結婚だったと見られている。


<星島二郎が堤に紹介して赤プリ=福田赳夫に格安で事務所提供>

 星島二郎は、日本国憲法を制定した時の吉田茂内閣の閣僚(商工大臣)だ。護憲リベラルの政治家だった。東京帝大から弁護士、衆院議員を務めた。し、護憲派が自民党内にいたことが、政治の安定に不可欠だったが、この10年か20年の間に変質した。清和会と統一教会の暴走と比例している。


 星島は、弁護士として梨本宮方子から相談を受けることが少なくなかったらしい。紀尾井町の大邸宅売却の相談を受けていたのだろう。その延長線上に堤がいた。堤はプリンスをそのままホテルの名前にした。赤坂プリンスホテル誕生だ。そこに清和会が陣取った。ちなみに田中派と中曽根派は砂防会館、三木派は番町会館、宏池会は自転車会館。三木派を除くと、すべて国会周辺である。赤プリも砂防会館も、自民党本部に近い。


<福田派プリンス=安倍晋太郎が自ら新聞に売り込む?晋三は閥務ゼロ>

 思い出すと安倍晋太郎について、政治記者は早くから「プリンス」と呼んでいた。赤坂プリンスホテルのプリンスにあやかったのだろうが、筆者などは福田副総理時代のN秘書の説明を聞くまで知らなかったし、知ろうともしなかった。

 朝鮮の李王朝の皇太子夫妻の邸宅だったことも気付かなかった。いまここがどうなっているのか、どう呼ばれているのかも知らない。20年間の派閥記者時代は、派閥事務所をよく徒歩で歩いた。足腰を鍛えた。したがって、永田町や平河町界隈以外の日本を無知でやり過ごしてきた。むしろ100回以上も訪問した中国の方が、詳しいかもしれない。むろん、冗談ではあるが。

 ただ、安倍内閣のもとで日韓関係が壊れた理由が、ようやく分かってきた。韓国の文在寅政権が反右翼政権であったことが原因だった。日本の安倍の韓国人脈は右翼政党に絞られていたようだ。統一教会の仲間の右翼政党と癒着していた、そのためだった。韓国右翼は、岸と仲間の朴正熙人脈だ。右翼に塩を贈る安倍政権だった。いま韓国の保守右翼の新政権のもとで、日韓の急速な接近が見られる。政府自民党の統一教会退治にブレーキがかかるだろう。反対にワシントンのトランプは、中間選挙を終えてみると、期待したほどの大きな成果が出なかった。それでもバイデンのCIAはどうでるのか?注目を集めている。


 また、岸や安倍家から「プリンス」が出てくるのかどうか。日本国民の統一教会アレルギーは予想以上に強い。

 安倍派の行方はどうなるのか。合わせて10年も首相に就任しながらも、晋三は派閥の面倒を見てこなかった。福田側近の塩川正十郎らは「安倍は清和会の人間ではない」と豪語していた。清和会が結束して安倍を総裁に担いだこともない。現在はっきりしていることは「統一教会の帽子だった」。統一教会に汚染してる清和会関係者は、今後も厳しい目で見られることになる。清和会の結束は期待できないだろう。政界再編の波を待ち望む議員が少なくないようだ。

2022年11月17日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

清和会秘話11<本澤二郎の「日本の風景」(4626)

<侵略戦争を引き継ぐカビの生えた隠微な岸・福田・安倍の統一教会派閥>

 「嘘をつくな」「泥棒するな」と幼いころから教えられて育ってきた人間は、それに違反すると、なんとなく後ろめたくなるものだ。「貧しくてもお天道様を拝んで生きたい」と誰もが思うが、この点について清和会の面々は、なんとなく暗い。アジアの人々の精神をいたぶり続けている戦争神社・靖国参拝派は、国際社会では胸を張ることが出来ない。


 ほぼ毎日のことだが、Youtube動画を見て新情報に接しようとしている。昨夜は拘束された裸の女性を救出する、ウクライナの狙撃兵の見事な映像を見た。自然に安倍晋三を2発の銃弾で心臓を射抜いた狙撃手のすごさを思い出した。山上単独犯ではない。スナイパーから逃げられる要人など一人もいないことが理解できる。普通であれば山上に対して、大声を張り上げて非難する場面だが、被害派閥の清和会からもそれがない。みな怯えているのであろう。

 安倍暗殺の真因が分かっているのか?


 20年間、派閥記者として自民党のオール派閥を取材してきた、たった一人のジャーナリストが、どうしても派閥の懐に飛び込めなかった清和会だったと白状しなければならない。宏池会の大平派、木曜クラブの田中派、三木派、中曽根派となんとなく違う。暗い陰気な派閥なのだ。カビの生えたような派閥だった。


 ロッキード事件では、田中派と中曽根派から加害者が出た。意気上がる福田派からも一人名前が上がった。それを活字にした途端、清和会事務局の態度が変わったことに違和感を覚えた。やむなく、ややリベラルな中山太郎や反安倍の田中龍夫、そして一匹オオカミの小泉純一郎らに的を絞って、清和会の動向を取材した。

 派閥記者は、どこの派閥でもそうだが、ミイラ取りがミイラになってしまう。そんな記者が大半である。公正な分析記事は書けない。特に総裁選になると極端だ。小さな新聞社には、そのような壁がなかったことを幸いに、どこにでも首を突っ込んだ。

 まず政治記事は、ほぼカラー眼鏡を通している。

 目下の深刻な報道というと、その影響力からNHKの右傾化、官邸よりの情報発信である。カビの生えた清和会政権を批判なしに報道するNHKの罪は重い。しかも、NHK会長が財閥から選ばれるという信じがたい事態が、安倍内閣において強行された。改憲軍拡を正当化するためのNHK報道が日本人の頭脳を変えた。歴史を学ばない若者や、日本国憲法を読んでいない日本人に降り注いだ。改めてNHKは、公共放送といえない。


 フクシマの子供たちの被ばく問題を追及する被ばくジャーナリスト・竹野内真理などは「NHKを解体すべきだ」と繰り返し訴えているが、これは正義の主張である。NHKを公共放送に引き戻さないと、カビの生えた清和会による軍国主義の復活を可能にするであろう。


<岸・安倍VS福田・田中龍夫の確執=福田の叱責の目撃者談>

 岸や笹川らA級戦犯が、韓国の文鮮明の統一教会を大膨張させ、比例して多くの日本人女性たちの身ぐるみはがし地獄に叩き落としたことに対して、岸後継者の福田赳夫は、都内の教会主催の大集会で文鮮明を「アジアの指導者」と破格の評価をして持ち上げた。この時、感動した文鮮明は福田に抱きついた。

 政治的に判断すると、大金が動いた証拠といえる。他人の不幸を喜ぶ岸・福田と文鮮明に対して、識者でなくとも驚きを隠せない。国賊・売国奴そのものたちだ。本心からそう思う。


 岸が「福田君を総理にするまでバッジを離せない」と公言した新橋駅近くの日石ビルの、確か2階の岸事務所での岸懇談の様子を思い出す。ロ事件後に起きた、いうところの「三木降ろし」で田中・大平派の支援で政権を手にした福田は、2年後に密約通り、政権を大平にバトンタッチしたのだが、福田は安倍がそうだったようになかなか派閥を、岸の娘婿の安倍に渡そうとはしなかった。

 そんな福田を、腹上死説まで飛んだ田中義一の息子の龍夫と派閥会長維持にこだわった。これに岸は怒り狂った。「早く安倍晋太郎に渡せ」と福田に迫り続けた。田中は同じ選挙区で安倍と対立していた。福田のためには火の中水の中までと忠誠を尽くしてきた。福田としては、せめて田中を衆院議長にしてからだ、との思いが強かったが、岸は福田の抵抗を封じ込め、安倍を後継者とした。


 この福田の決断に田中は失望と衝撃で泣いた。派閥の後継は、人知れず当事者間で死闘が演じられるものなのだ。安倍晋三が死んでも、後継者が決まらない。四分五裂と見られる理由なのだ。


 三木内閣において当初、福田は副総理として三木武夫を支えた。そのころ福田の秘書をしたNの証言によると、福田と安倍晋太郎の関係は第三者の想像を超えて、厳しいものだった。「福田さんは安倍を私がいる目の前で面罵した」という。それも2回も、直接見たというのだ。Nと福田、安倍しかいなかった。

 福田派記者たちは、安倍を早くから「プリンス」と呼んで、安倍の出番に期待していた。岸の娘・洋子の婿という関係もあった。安倍は毎日新聞OBとして、以前から記者の仲間を集めていた。

 同じく安倍の仲間の一人に聞いた話だが、彼は賭け事が好きだった。「よく花札を使って仲間を集めていた。懐には万札が詰まっていた。負けることで相手を喜ばせて、自分の仲間にする作戦だった」という。

 安倍は、筆者が働いていた東京タイムズにも目をつけていたらしい。「大森実を使って二人も編集幹部を送り込んできた。社長の徳間書店も活用したらしいが、二人とも毎日新聞外信部OBで、安倍政権工作が任務だった」と見られている。


 安倍はすい臓がんで倒れてしまったが、死因は「料亭での徹夜マージャン」とその筋で語られている。「料亭の奥座敷に彼女を呼んでいた」という。夫人との関係は悪かった。彼は福田の反角感情をこれ見よがしとばかり、田中派の竹下登や金丸信らと麻雀に徹した。


 2018年の8月だったと記憶している。オウム真理教の兵器工場で有名になった旧上九一色村界隈の、笹川一族の巨大な別荘地内かその近くのゴルフ場で清和会総理が一堂に集った。

 森喜朗と小泉純一郎と安倍晋三である。安倍の腰巾着のような麻生太郎も。主宰者の笹川陽平別荘で、5人の大宴会が開かれた。笹川の有頂天ぶりが、ネットに流れた。「悪だくみ」の場所である。我が世の春に黒幕・陽平は上機嫌だった。

 しかし、この場にもう一人の清和会総理はいなかった。福田康夫である。彼は安倍を嫌っていた。日本が亡びると懸念を抱いた人物だ。東アジアに高波を起こす安倍と笹川を警戒していたのであろう。


 いま安倍を手なずけてきた石原慎太郎もいない。森も五輪疑惑で事情聴取を受けた。もう誰も相手にしない。清和会の終わりの始まりか。祇園精舎の鐘が鳴っている。検察が少し行動するだけで清和会はお陀仏だ。

 残るは、揺らぐ統一教会と財団化したギャンブル笹川に人々の注目が集まっている。昨日は親類のF子さんにいただいたキウリの糠味噌漬けを二本食べた。おいしい。これぞ日本のおふくろの味。添加物も全くない安全な食べ物。糠味噌は発酵食品だ。キムチもいいが、二つを一緒にするのは無理である。

2022年11月16日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

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