身を捨ててこそ<本澤二郎の「日本の風景」(3385)

<浮かぶ瀬もある 善正と太郎>

 選挙は金がかかる。その結果、今回も金持ちが国民の代表となって、利権アサリをする、財閥支援の悪しき改憲軍拡の自公政権が存続する選挙結果となってしまった。背後では不正選挙も行われているようだが、弱者は証拠をつかむことができない。そのような中での予想外の成果は、山本太郎らの、貧乏人からの浄財による選挙戦だった。貧乏人でも選挙に出られるという実績を示したことだ。


 日本の政治に新しい歴史、新風を吹き込んだのだ。「貧乏人の浄財」で天下を取れるという発想が、まさに民主主義のすばらしい点だが、それを実践で示したもので、これは既成政党が果たしえなかった見事な実績といえる。

 さらに比例で「特定枠」を利用して、政治とは無縁の二人の重度の障害者を国会議員に押し上げた、これまた快挙である。日本政治の新風は、沖縄の知事選である。玉城知事誕生の裏方の、創価学会の野原善正を東京に引きずり出して、池田大作の大衆のための平和党を、安倍のための戦争党に変質させた公明党創価学会にぶつけて、足元から揺さぶりをかけた戦略もすごい。

 池田親衛隊を政治の主役に引き上げた太郎も偉かったが、それに応じた野原善正も立派だった。

 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」を現実に見せつけた、過去の日本政治では想定できなかった快挙である。


<財閥・労働貴族・宗教貴族に対抗、貧乏人でも国会議員>

 後世の歴史家は、今回の太郎と善正の政治成果を分析して、戦後の日本政治史に記録するだろう。その価値は絶大である。日本の民主政治の夜明けを意味する。

 過去の国会議員の多くは、財閥の配下として議員になれた。官僚は財閥の庇護のもとに自民党から出馬して国会議員になった。

 野党議員は、労働貴族が手を上げて、革新と称した。第三極が信濃町の宗教政党である。志を測定すると、労働貴族や宗教貴族が、財閥に勝っているが、民度の低い日本では、財閥支援の自民党が優位に立つ。


 貧乏人は政治とは無縁だった。この大きな壁をぶち破ったのが、山本や野原である。山本の功績は大きい。彼らが民意を体現している。


<年金福祉と消費税なしの平和軍縮反自公維勢力の大結集>

 次期衆院選挙が、新たな流れとなって、財閥と宗教・労働貴族の勢力を駆逐する、そうしなければならない。そこまで日本は落ち込んでしまった。

 年金福祉充実の日本にするためには、平和軍縮路線にギアを切り替えないと、そのための金が生まれてこない。財閥の400兆円、富裕層から税金として吐き出させるしか、国民は生きてゆけないのだから。そこまで追い詰められてしまっている弱者・貧乏人の日本なのだから。

 侵略の空母「出雲」を海底に沈没させて、帆船日本丸にするのである。自然のエネルギーで航海する日本にするのである。これこそが安全航海の秘訣である。台風が来たら、錨を下ろして通過するのを待てばいい。それだけのことである。日本国憲法の前文と9条を死守した日本丸である。


<日米対等路線=沖縄の基地撤去と北方領土返還>

 帆船日本丸は、自立する日本、独立国の日本である。

 沖縄から基地を撤去するのである。日米対等の日本である。軍事同盟の日米安保を、経済的な同盟に切り替えればいい。財閥が抵抗するだろうが、民意はこれを駆逐するはずである。

 沖縄を平和の島にすれば、ロシアは北方領土返還に応じてくれるだろう。抵抗すれば、国連の舞台で解決可能だろう。ロシアは応ぜざるを得ない。帆船日本丸は、徹底した外交重視である。武器弾薬否定国家を貫いてゆく。ここが重要である。

 国際社会や朝鮮半島、大陸の人々も、日本丸を評価するだろう。人口減は悩ましいどころか、願ってもない日本改造を約束してくれる。


<東アジアに平和と安定確保の希望社会実現>

 日本による侵略と植民地支配をした南北朝鮮の人々に対して、日本人は永遠に謝罪してゆく責任がある。ことほど責任は重い。過去を正当化しようとした自公政権の下で、日韓の対立が起きている。大義は日本にない。

 過去に欧米列強の侵略と植民地支配を受けたアフリカ・中南米諸国も、彼らに味方するため、歴史の正当化は悪魔の所業でしかない。

 帆船日本丸にアジアどころか世界の人々が、信頼を寄せてくれるだろう。各国にも帆船国が拡大するだろう。希望の日本・アジアとなろう。


<福田康夫・鳩山由紀夫・細川護熙らを擁立・受け皿に>

 反自公維の勢力結集の受け皿・帽子をどうするか。

 適任者は福田康夫・鳩山由紀夫・細川護熙らのうち、健康な人物を擁立するのである。日本列島救済の奥の手は、受け皿を人々に示せば可能なのだ。

2019年7月25日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)