松村・周恩来・池田の奇縁<本澤二郎の「日本の風景」(3378)

<富山県福光町と福島県平(いわき市)の長久保のしそ巻の不思議>

 昨日、義理の姉の望月(旧姓廣岡)教子さんが、福島県いわき市の名物・長久保のしそ巻きを贈ってきてくれた。さっそくしその絶妙な味のする漬物を口に入れた。途端に、老いて忘れがちな平出身の義母・キヨノさんを思い出した。彼女が生前、毎年の暮れに届けてくれたものだ。同時に、会う機会のなかった東宝争議の現場責任者だった富山県福光町出身の岳父・廣岡慎次と、同郷の、周恩来が一番信用した日本人となった松村謙三と、松村の紹介で病床の周恩来と劇的な対面をした池田大作。そして現在、池田との師弟不二を実践する沖縄の野原善正の不思議な情景が浮かんできた。


<中国欄(らん)の収集家だった松村謙三元農林大臣>

 今朝ほど星島二郎・中野四郎・福田赳夫の秘書をした中原義正が電話をしてきて、松村の趣味が「中国蘭の収集家」だったことを教えてくれた。

 「星島先生の秘書をしていたころ、西隣が中曽根康弘、そして三木武夫で、その先に松村先生の部屋だった。一番西端が大野伴睦。のちに中野や中川一郎が入ってきた。あるとき中野が、松村先生が中国蘭を株分けしてくれた、といって大喜びで部屋に飛び込んできた様子を今も記憶している」

 そういえば中曽根や中川の部屋には、よく足を運んだものである。


 中国蘭?初めて知った。中国発祥の蘭があるのである。ことによると、松村は周恩来から株分けしてもらったものか。彼の娘に継承されているかもしれない。となると、さらには池田宅にも?いつか確認したいものである。

<欄は心の美しいもののたとえ>

 辞書を開くと、欄は心の美しいもののたとえ、とある。

 世界のいたるところ、美しい自然が残っている。悲劇を自然は押し包んでしまっている。ゆえに歴史は大事である。歴史認識は、人間が生きていく過程では、大事な要素である。


 その場合の決定的要素は「心の美しさ」である。これが今の永田町に不足している、あるいは壊れてしまっている。隣国との友好には、これが必要不可欠であろう。


 心の美しさについて、両手を胸に当てて猛省する人間でありたい。

<東宝争議の総務部長で苦労した岳父の短い人生>

 人間の多くは不幸に生まれついていると思う。次男を東芝病院で奪われ、その3年後に後追いした妻の無念を体験させられた、戦国時代さながらの厳しい人生から、美しい心のない反省謝罪のない東芝経営者に、今も泣かされているのだから。

 東京地検の松本朗は、いまどうしているだろうか。同じことが朝鮮半島の人たちにも襲い掛かっていることに、それを当たり前のように考えている排外主義者の日本人に衝撃を受けるばかりだ。


 義母はよく夫のことを「三田の経済」と口にしていた。日本資本主義・財閥を育成した、アジア蔑視の福沢諭吉が創立した大学である。岳父は東宝に入社、敗戦後の三大労働争議の渦中に叩き込まれる中で、苦労したようだ。


 そのころ、東京大田区下丸子の、まだ田園風景の広がる場所に居を構えていた。そこに衆院副議長になる社会党の正木清が居候をしていた。彼は平を飛び出して、東京ではなく北海道に飛び込んで、馬場組合で頭角を現して衆院議員になった。

 当時の労働組合の主流・総評はまともだった。肯定できることは核兵器反対と福島原発反対を貫いたことだった。


 人生は長いようで、本当に短い。ならば蘭のように美しい心で生きたいものである。昨日、長周新聞のことを紹介したが、編集者の心は美しいに違いない。

2019年7月18日記<東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)