作られた明治<本澤二郎の「日本の風景」(3308)

<宇都宮徳馬遺言=明治を見直せ!>

 父親が戦前の陸軍大将、本人は戦後の国際的政治家として、名誉など放り投げて国民のための平和軍縮政治を貫いた宇都宮徳馬さんの遺言の一つが「明治(史)を見直す必要がある」という至極もっともなものだった。


 「作られた明治」「嘘の明治」ゆえに、意図的に「明るい明治」へと修正され、とどのつまりは破局を迎えた。それでも反省することなく、戦後はそれが小説ともなって、今日では極右・保守勢力の政府によって、人々に盲目的に受け入れさせ、安倍内閣下、堂々と主張されてきた。近代合理主義を排した神話の明治史、それが天皇は神という偽りの皇国史観なのだが、昨年は政府によって明治150年祭が、憲政記念館で仰々しく催されている。


 宇都宮さんの遺言は正しい。明治の官僚たちが悪用した神話の歴史が、あたかも現実であるかのように、教育勅語と国家神道・大日本帝国憲法によって、人々の精神を狂わせたものが、ふたたび田布施の内閣によって公然化されている。

 異様な皇位継承劇に166億円。タイの戴冠式は30億円。おかしいと思わないのか。

<清和会OBは、いまだ神話の世界の日本と嘆く>

 戦後の伊勢神宮を、地元三重県警本部長として見聞した渡辺一太郎さんは、その後、千葉県警本部長、千葉県副知事、参議院議員になって、筆者と出会うのだが、彼は伊勢神宮の隠された秘密を明かしてくれた。

 そこへと参拝したのは、安倍だけではなかった。枝野も、である。やはり何かがあるのだろう。


 ここに参拝する人間の精神は、民主主義と相いれない。覚醒した皇族にも、同じ思いをする者が少なくないだろう。


 政権の中枢を見聞してきた清和会OBは、20年ほど前に「覚醒した」といい、それは「明治は神話なる非合理を軸につくられたもの。天皇史も神社神道も。万世一系も史実に反する。その先に象徴天皇制もある。今日の合理主義・民主主義の時代に、神話を押し付けようとしても、到底無駄なことだ」となる。


 民主主義を学んだ自由と平等の人間には、到底受け入れがたい天皇制ということになるしかないだろう。少なくとも知識人は、みな知っているが、右翼の暴力が怖くて沈黙している日本である。

  さすがに今回は「安倍晋三が作った令和」が発覚すると、人々が声を上げ始めた。皇位継承儀式における憲法違反を指摘する専門家の声が、次々と表面化してきている。神話を否定した日本国憲法と神話の天皇制が一致することなどないのだから、当然のことであろう。

<神話から卒業する21世紀>

 皇室を自由自在に操ることで、政権を継続させ、あわよくば神話を否定する憲法を破壊する安倍・田布施の野望が、露見してきたことで、目を覚ます国民が増えてきている。


 学問を志している人たちは当然のことながら、歴史を学ばなかった若者たちも、覚醒してきている。


 ネットでは、皇室の醜聞が次々と報じられて、それぞれが炎上している。およそ国民にとって無縁の皇室も身近になってきた、との効果も見られる。


 それはともかく、神話を武器に右翼活動する輩は、21世紀に生き延びることは容易ではないだろう。

2019年5月8日記「東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)