本澤二郎の「日本の風景」(3267)
<心機一転、われ権力に屈せず>
言論の弾圧は、日常茶飯事である。これまでも何度も経験しているが、昨日は数千人かそれ以上の読者に対して、いつもの「ジャーナリスト同盟」通信を発信することができなかった。
ライブドアが横やりを入れてきたのだ。悪しき権力が、ライブドアに圧力をかけてきたのである。思うに、これはよくあることであろう。極右・国家主義の政権は、言論の自由を守らない。憲法を守らない。しかし、それに反骨のジャーナリストが屈してはならない。心機一転、2019年3月27日から、存外、すっきりとした気分で、パソコンのキーをたたいている。
われは海の子ではない。ジャーナリストである。
<宇都宮徳馬さんが笑っている>
恩師の宇都宮徳馬さんが笑っているではないか。「君もそこまで来たのか」と楽しそうな笑顔が見える。師弟とは、そもそもこのようなものであろう。ジタバタしても始まらない。
言論人・政治家・事業家と三足の草鞋を履きながら、A級戦犯の岸信介と戦い続けて、生涯を終えた。戦闘的リベラリスト・平和軍縮の巨頭という、だれもがなしえなかった無冠の地位を手にした。
大臣という名誉を昂然と放棄した自由人として生きた。彼の遺言は「権力に屈するな」である。昨日もその言葉が、耳に飛び込んできた。心すっきりである。
<衝撃の2019年3月26日>
とはいえ、昨日襲ってきたライブドアの姑息な仕打ちに対して、かなりの衝撃を受けたことは、間違いのない事実である。彼らは悪しき権力者の要望に応えたわけだから、その成果を誇ってしかるべきだろう?
不意を突いた言論弾圧ではあるが、当方はネットに素人だから、プロにとって容易なことであろう。
記事の挿入を止めてきたのだ。対抗策などあろうはずがない。
同日の房総半島は、小雨と曇りだったが、夕刻から日が差してきた。
息子が久しぶり来訪、代わりのブログを立ち上げてくれた。
まもなく桜の季節がやってくる。専業農家のSさんにいただいた「春一番」という樹木から、美しい可憐な桃色の花が咲いている。そばにある梅林には、玉蘭が満開である。窓際の畑には、菜の花が、これまた元気よく咲いている。
犯罪首相・腐敗した権力に屈してはならない当方激励してくれているようだ。
<消えた「ジャーナリスト同盟」通信>
もう10年以上になるだろう。3265回で止められてしまった「ジャーナリスト同盟」通信である。
日中国交回復時に、日中友好派の新聞記者が立ち上げたもので、歴史は古い。時事通信の長沼節夫さんが、一人で支えてきていた。彼の依頼で政治講演、その縁でネット新聞に切り替えた。
そうして10年の歴史を刻んできた。
むしろライブドアに感謝せねばなるまい。
<ゼロからのスタート>
2019年3月27日からは、ゼロからのスタートとなる。
天気はいい。東方からの太陽は、清浄で輝いている。田布施とは違う。
雑草で覆われていた我が家の庭も、おおむね開墾に目途がついてきた。
いまこの文章を見てくれる読者は数人だろうが、再び数千人、数万人に膨れ上がるだろう。権力者の圧政は、いつの時代、どこでも起きているからである。
「人民のために」という原点で書く。日本国憲法を基礎にして書く。これが反骨のジャーナリストの使命であろう。
<心臓に突き刺さった言論>
戦後最低・最悪の極右政権に対して、日本の言論人は屈服してしまった。ならば一人でも抵抗しなければならない。
その思いが、心臓に突き刺さったものであろう。
心臓に突き刺さった矢は、さぞかし痛かったのだろう。
しかし、言論には言論で、が近世の政治ルールである。言論戦が21世紀の約束事である。
<国家主義に屈せず>
はっきりしていることは、日本は国家主義を太平洋に沈めた。1945年8月15日に国家主義と縁を切った。
宇都宮さんは、そのために岸・国家主義と対決、屈しなかった。
筆者は、第二の国家主義者で知られる中曽根康弘との戦いに屈しなかった。中曽根批判の出版社はつぶされ、大学のポストを奪われるなど糧道を絶たれたが、屈しなかった。
<清和会に屈せず>
岸の国家主義は、中曽根を経由して、今の安倍晋三に継承されている。清和会政治である。戦前の国家神道と財閥1%の、悪しき国家主義の政権である。
そこで教育基本法が改悪、次いで戦争法制が次々と強行され、いよいよ本丸の平和憲法に襲い掛かろうとしている2019年である。
国家主義にも、清和会にも屈しない。
2019年3月27日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

2019年03月17日

故郷SOS!第二弾<本澤二郎の「日本の風景」(3257)

<房総半島農業・東京湾漁業は壊滅か>
 人生には予想外のことが起きる。息子を東芝病院で奪われて、それでも反省も謝罪もない東芝に衝撃を受けている。その衝撃で、妻も後追いしてしまった。悲劇の渦中のジャーナリストの視野は、狭くなるしかないのか。千葉県・房総半島の水源地で発生していた、この世で最も恐ろしい事件、それは広島・長崎、ついで発生した福島が、襲い掛かっていたことに気付かなかった。

 空想ではない。将来の房総半島で水を飲めない!農業は出来なくなる!すなわち人間が住めなくなる。東京湾の海苔がダメである。むろん、魚介類も食べられなくなる。その確実な可能性が出てきた。
 悪魔のような産廃業者と一握りの悪魔の政治屋が、房総半島と東京湾を、そこへと追い込んでいる!
<1万トンの放射性物質が水源地に投棄!>
 手元に君津市の御簾納さんが届けてくれた資料の中の毎日新聞2018年12月5日の地方版に、君津市が「福島第一原発事故で発生した放射性廃棄物が、小櫃川上流の水源地にある産廃場に、相当量搬入されている」と千葉県に警鐘と抗議をする文書を提出した、と報道している。
 上遠野記者は「水道水源を守るべき県水道局が、放射性物質を含む汚泥1万トン超を運び込んでいた」と書いた。

 普通の新聞であれば、これほどの大ニュースも珍しいわけだから、1面の前面を使って報道する価値があろう。
 不思議なことは、この記事下に「この記事は有料記事」と断って、県民の目を報道する側が封じ込んでいる。現在の新聞テレビの正体を露呈していて悲しい。言論の利権行為である、と断じたい。
<君津市は知っていた!>
 このような場面では、自治体が業者に買収されて、沈黙するものだが、君津市はそうではなかった。ことが大きすぎたからか。市民の生存権にかかわる重大事との認識からであろう。この点は評価したい。

 地元にある産廃場である。しかも、水源地の大福山にある巨大産廃場でもある。しかも、あろうことか福島の放射能汚染物質が、1万トン以上も投棄されてしまっている。なぜ事前に止められなかったのか。不可解千万である。

 産廃場とやくざは、不可分の関係にあるが、そうして押し切ったものか。右も左も関係ない。千葉県民は命を大事にする。断じて放射能汚染物質の投棄を容認できない。

 余談だが「木更津レイプ殺人事件」の犯人は、富津市出身のやくざ浜名である。千葉県警木更津署が捜査している。やくざは浜名だけではない。

 千葉県はやくざに屈したのか。君津市は負けない。声を上げた。
<沖縄に学べ!>
 沖縄県民は立ち上がって政府とワシントンに対して、怒りの抗議を始めた。1万人集会をやってのけた。オール沖縄を千葉県にも作って、放射能汚染物質を撤去するのである。
 声を上げれば、解決する。主権者は国民だからである。政治屋と悪徳業者に人間の命を預ける馬鹿はいない。賢者は房総半島にも沢山いるはずだ。
2019年3月17日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

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<元号なんて、されど元号に安倍登場はホントか>

 元号に関心のある国民がいるだろうか。心当たりがない。恐らく正確な認識だろう。現実的にも、有害無益の代物である。

 政界関係者は「安倍のことだから、天皇を引きずりおろし、元号に自身のアンをつける典型的な政治利用に相違ない。たとえば、平安とか安平など」「犯罪首相が日本史の新たな1ページを飾るかもしれない」「明治維新に倣って、OO維新にして改憲ムードを煽り、2019年に憲法改悪を強行する手段に用いたいとの魂胆だろう」など憶測が尽きないらしい。

 先日は、新聞らしい新聞で知られるようになった日刊ゲンダイ記者の取材を受けてしまった。

<後ろめたくて秘密主義を貫く安倍・官邸>

 政治利用の極め付きであることを承知しているからであろう、悪徳官房長官の口が堅い。

 従来は漢籍に通じている専門家の仕事だったが、今回は日本史や国文の学者にアンに相当する文字を探させて、それを強引に強行しようということかもしれない。

 恐ろしく後ろめたいことに血税166億円を使うわけだから、これはすべて公開が原則である。1945年8月15日から神格天皇はいない。国民が容赦しない。清和会・日本会議の面々だけの趣味で元号を決める、それを喜んで活用する国民もいないだろう。

<神道政治連盟が強行した中世の天皇制の名残>

 筆者などは、元号の選択過程に関与した人物を知りたいと思う。その人物がどう選ばれたのか、を知りたい。公開は当たり前の政府の義務である。国会の責任でもある。

 関係者にいかほどの謝礼が支払われたものか。これも国民の知る権利である。望月記者だけの質問として封じ込めてはならない。

 トランプに噛みついたCNN記者が、もう内閣記者会にたくさんいるに違いないのだから。

 

 そもそもは、国家神道の復活・天皇元首化を議会で承認させようとした自民党内の神道政治連盟が、暴走して、世論の反対を押し切って強行したもので、正当化の根拠は薄い。

 神格化に花を添えようというレベルではないのか。

<国際化時代では無用の長物>

 時代は止まってくれない。ものと人が自由に往来する時代である。

 メキシコ国境を高い壁で封じ込めようとするトランプも、それを実行することが出来ない。難民は、生きるためにじっとしていない。性奴隷から解放されようとして、ホンジュラスの女性・子供たちは、今もメキシコ国境に向かっている。

 

 このような変化の激しい時代に、極東の小さな島国が、まるで鎖国へと向かうかのような、元号に愛着を抱く、そんな日本人が現れるだろうか。安倍・日本会議の政治利用のために、血税166億円を投入する価値があるだろうか。

<印鑑も消える、元号も消えてゆく>

 印鑑が消えていっている。役所でも。ハンコを忘れたというと、サインで結構と言われる時代である。現金がカードに代わろうとしている。

 間違いなく元号も消えていく。役所でも邪魔な存在になってきている。

 まともな政府であれば、元号を廃止する法案を国会に提出する時ではないのか。

<本家・中国も使用していない、韓国も>

 元号の本家は中国である、朝鮮半島であるが、もう消えてしまっている。元号が役所の仕事の邪魔になっているからでもある。

 復活させる、という声は絶無である。

 そのためにも、安倍官邸の邪悪な元号制定過程を、世のジャーナリストと議会人、学者文化人は、徹底して明らかにして、主権者に明らかにする義務があろう。

 秘匿しても無駄なことである。元号はいらない。

2019年3月26日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 


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