防災ゼロメートル列島<本澤二郎の「日本の風景」(3480)

<人命軽視NO1に躍り出た役者崩れ知事の千葉県>

 昨日、長野県と福島県の被災地を歩いてきた島根県の小松電機産業社長の小松さんと社員の小林君が、わざわざ東京湾道路を利用して、バスで袖ヶ浦に来たので、久しぶりにおしゃべりした。「五輪ができるか怪しい」と率直な感想を述べていた。ビジネスと平和運動を結び付けるという経営者の予感は鋭い。小林君は、屋根が飛ばされてブルーシートをかぶる防災ゼロメートルの

街並みを、カメラに収めていた。


 15号台風の際、雲隠れした役者崩れの森田千葉県知事は、その直後の19号台風と21号台風になすすべもなく、千葉県は人命軽視NO1に躍り出てしまった。県民の会話の一番は「温暖で住みよい千葉県のはずだったのに」が枕詞になっている。

 筆者も、15号の70メートル強風に、家ごと飛ばされるかもしれないという恐怖を味わったばかりである。来年はどうなるか?それにしても、防災ゼロメートルに墜落させた、安倍・自公内閣の人命軽視の政策に、怒り狂う国民は多い。


<放射能汚染物資1万トンを水源地に投棄した森田知事>

 ことし3月故郷に戻ると、恐ろしい事態が起きていることを知らされた。東電福島の放射能汚染物資1万トン以上が、こともあろうに水源地の産廃場に投機されていた。


 房総半島の生き物すべてを殺しかねない千葉県の政治と行政に対して、怒り狂う県民は少なくない。数十年後の千葉県に人間も住めなくなる。

 放射能に耐えられる免疫力などあろうはずもないのだから、これは想定できないことだったが、すでに強行されてしまっている。原状回復させるための裁判が行われているようだ。

 森田は、警察官の息子という。人命軽視も際立っている。防災ゼロメートルも合点するほかない。東電福島の千葉県化である。観光県・農業漁業県を返上する政策の強行に、県民は誰も知らなかった。アベ独裁どころではない。


<雨にも風にも無防備の房総半島>

 9月から10月にかけての巨大台風は、地球温暖化による。北極の氷も溶けている。ヒマラヤ山脈の氷塊も溶けている。海水温は上昇している。そこに熱帯低気圧が次々と発生する。


 地震だけではない。台風の備えもゼロの日本列島だが、その先陣を走る房総半島が証明された今回である。


 大豪雨で、河川が決壊・大洪水によって、住宅も田畑も土台から破壊された千葉県である。強風で住宅の屋根が吹き飛んでしまう、瓦が飛んでしまう恐怖も、現実化した。

 武器弾薬に特化してきたこの7年の安倍・自公の暴政に対して、大自然が怒りの鉄槌を食らわせた2019年ともなった。因果応報である。悪い因は、最悪の結果を招く。


<防災指定地区最小県は地価が大事とする政治と行政>

 知らなかったが千葉県は防災指定地区が一番少ないという。これは何を意味するのか。防災指定を受けると、地価に影響する。地価を吊り上げるために防災指定を回避する。

 これが千葉県の政治と行政なのだ。


 民度の低さを露呈している。人命軽視・人権軽視の千葉県なのだ。千葉県は、一番住みにくい県ということになろうか。悲しいし、恥ずかしい。

 千葉県に政治家が一人もいない。政治屋ばかりだ。小選挙区制の欠陥をまともに受けているのである。玉石混交も、すべてが石ころばかりといえる。そして行政の低さだ。


<東大法学部任せが間違いの元凶>

 「もう役者知事が10年も続けている」と今朝も友人が電話をしてきた。この無能無責任な森田が「行政を壊している。そんな森田を担ぐ県民も悪い」と断罪、ほかの県では見られない、とも。


 他方で「日本政治にしても、主権者が1億総白痴化以上に悪化している。ヒトラーも安倍も、民主主義が誕生させたことを忘れてはならない。信濃町が暴政を押し上げていることにも気づくべきだ」「東大法学部支配の官僚が、経済など分かろうはずがない。国策会社で成功した例は、日本合成ゴムただ一つ。原発は失敗した最悪の事例だ。日本どうするという再検証が急務である」とも指摘した。

  彼は三井物産のLNG開発を評価した。液化天然ガスを米国ルイジアナで始めた。これで1万人が雇用される。これの輸送船も開発されている。「日本の造船業の大手は敗北したが、常石造船や今治造船が頑張っている。高速医療船を作ると展望が開かれるだろう」とも。


<やくざを跋扈させる千葉県警と千葉県公安委員会>

 千葉県の低い民度には、やくざが跋扈している点を無視すべきではない。やくざにいい人間などいない。悪党の塊である。彼らの前では、魅力的な女性が安心して暮らせない、生きられない残酷な風土なのだ。


 「木更津レイプ殺人事件」がそれを象徴している。その原因は、警察や公安委員会がやくざと癒着していて、まともな捜査を怠っている、というよりもかばっている。捜査当局が犯罪社会を生み出しているという、さかさまのような風土と決めつけるべきだろう。

 れっきとしたやくざ代議士は、その前は千葉県議だった。いま彼の後継者が二人も国会議員になっている。国会議員とやくざが連携する千葉県に、法治という観念が、警察や検事にないかのようだ。そうした背景で、俳優崩れの知事が誕生し、もう10年だという。


 民主主義を壊している犯人は、警察と公安委員会と決めつけてもおかしくない。やくざに強姦された女性が110番通報した事例はゼロであろう。入れ墨と覚せい剤に屈服する女性ばかりの千葉県に、刑法も存在しないかのようだ。正義の警察官・公安委員を生み出せる民度に高める必要がある。


<徳洲会医療事故にもそっぽ向く捜査当局>

 徳洲会の医療事故は、どうやら日常茶飯事だ、と徳洲会の徳田虎雄の特別顧問をしていた清和会OBは指弾している。現に彼の身内は、四街道市にある徳洲会病院で事故死を強いられた。


 筆者の次男は、最初に市原の帝京で、最後は品川区大井の東芝病院で、入院直後に孤独死させられた。それでも反省も謝罪もしない。やむなく警視庁に刑事告訴したが、東京地検の松本朗という悪党検事が不起訴にした。これの衝撃で、母親で妻が重い病気にかかり、息子の後を追ってしまった。

 医療事故の無反省は、遺族の命も奪う恐ろしい犯罪である。清和会OBは、千葉県警に告訴したものの、担当した四街道署はまともな捜査もせずに「捜査打ち切り」を、遺族に電話1本で通告してきた。

 千葉県警は病院の味方をして、被害者の立場に立つことはない典型的な事例である。それに屈しない清和会OBは、千葉県警と千葉県公安委員会に本格的なメスを入れようとしている。関係方面の注目を集めている。

 千葉県政の狂いは、警察や公安委員会にまでも腐らせているらしい。

20191029日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

薩長の田布施<本澤二郎の「日本の風景」(3479)

<小泉純一郎に300万円ひねりだした安倍晋三>

 徳川幕府を打倒した中核勢力は、薩摩と長州と史上語られてきている。この二つの当時の藩に「田布施」という、部落・集落が存在した。この話は、ネットを使うようになって、大分経ってから知った。明治天皇は、すり替えられて長州田布施の大室寅之助。弱々しい天皇ではないので、なんとなく理解できる。この明治天皇を一番尊敬すると語った人物が、元海軍主計中尉の中曽根康弘である。確かに、大刀を握った武人そのものの、明治天皇の写真にあこがれる軍人がいても不思議ではない。京都の公家ではない。


 昨夜、自宅で兄弟妹が勢ぞろい、妹の快気祝いをしたのだが、その際、小泉進次郎の資産が話題になった。郵政民営化を、竹中平蔵や東芝の仲間と強行した小泉を、政界では「しこたま蓄財した」と見られている。不思議ではないが、公表された巨額資金は芸能人?の妻の資産だ。芸能界は、途方もない大金を懐に入れることができる世界なのだ。同時に、これは国税当局の見逃しを裏付けている。


 「日本は天皇中心の神の国」と豪語した森喜朗が失脚した後の自民党総裁選挙に立候補した小泉について「当初は泡沫候補なみだった。事務所さえなかった」(清和会関係者)という。そんな小泉を助けたのが安倍というのだ。


 安倍の持ち込んだ300万円で、小泉は選対事務所をつくった。これは本当だろうが、問題は300万円の出所である。茨城県の不動産王から引き出したものだった。


<丸紅の不動産買収の先兵・K資金に群がった梶山正静六ら>

 元清和会代議士秘書は、議員会館の廊下で梶山静六が、大声上げてタニマチのK不動産王に向かって「Kさん、俺の方にも回してくれないか。ただし、1000万円以上でないと駄目だよ」と叫んでいる様子を、今も鮮明に記憶している。


 このKなる人物の金庫から安倍の300万円が引き出されたものだ。のちにKが清和会関係者に打ち明けた。

 いうところのK資金は、バブル全盛期に誕生したものである。Kは丸紅の不動産買収の先兵となって、莫大な資産を溜め込んだ。梶山もKにまとわりついていたという。資金力と政治力は比例する。梶山は自民党幹事長にまで上り詰めた。彼も安倍晋太郎も、息子に資産を相続させた。


<橋本登美三郎市議から土地買いで巨万の富>

 かつての茨城政界のボスは、朝日新聞出身の橋本登美三郎だった。彼のグループからNHK会長が誕生している。Kはこの橋本派の市議が、いわば人生のスタートとなって、丸紅と関係する。

 「丸紅の不動産買収の先兵となって巨万の富を手にした。政治屋が彼の周りに集まった。遠くは北海道の苫小牧の原野にも手を伸ばしていた」というから、バブル期の狂乱を印象付けている。


 安倍がKから金を引き出したということは、おそらく父親の晋太郎の関係といえるかもしれない。


 梶山は橋本の配下で知られる。


<事務所経費もなかった小泉総裁選挙>

 小泉と安倍を結び付けた300万円が、その後に安倍の官房副長官・官房長官・自民党幹事長と破格の出世となるのだが、一方で二人を結び付けた原動力は薩長の「田布施」だった。


 田布施こそ極右・日本会議の本拠地なのだろう。靖国・伊勢・出雲など神社の源流を操る田布施、それゆえに小泉の靖国参拝、続く安倍の靖国参拝となる。安倍は、伊勢で先進国首脳会議まで強行して、伊勢神宮を喜ばせているが、いずれも神社参拝は政教分離の憲法違反だ。

 神社神道には、天皇教の生長の家や韓国の統一教会も吸い付いている。一部に創価学会も、との分析もあるようだが、それはまだ自信がない。証拠が不明である。166億円の天皇交代劇の演出は、すべて明治からの田布施で仕組まれたものではないのか、改めてそう感じる。カルト・狂信的な宗教支配の日本なのである。


 田布施の首相が、天皇の言葉を神妙に聞いて、天皇の数段下で「万歳三唱」する漫画劇も、民主主義を度外視した田布施の演出と思われる。


 田布施同士の協力関係が、明治から21世紀の今にも引き継がれている。田布施と財閥の結びつきも注目すべき点である。

 小泉の勝利は、むろん、神風が吹いたわけではない。田中真紀子の貢献が一番であろう。新聞テレビも。300万円効果でもない。

2019年10月28日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者ク

重い首相の任命責任<本澤二郎の「日本の風景」(3478)

<政治混乱は結果責任、安倍の口先責任は主権者を冒とく!>

 首相官邸に品性などなくなって久しい。菅原のような事件発覚に対して、首相は一瞬の間だけ、殊勝な顔つきをして「任命責任は私。お詫びしたい」でやり過ごした。与野党の無力をいいことに、これまで何度も繰り返してきた。こんな腹黒い政治屋も珍しいが、政治混乱の収拾を口先だけで終わりにすることは、断じて許されない。口先責任は、主権者である国民を冒とくする、新たな犯罪的行為である。結果責任を国民に示す義務がある!


 それにしても、菅原のような悪辣な国民の代表を選んだ有権者にあきれるばかりだ。民度の低さは、房総半島や神奈川県・愛知県・福岡県などの、やくざが跋扈している地域に限らないことを知らしめている。東京都民の民度も問われている。


 そんな輩を、強引に押し出した幹事長の二階と官房長官の菅、それに応じた安倍晋三の三者の政治責任が、共に問われてもいる。官邸には、北村など捜査のプロが徘徊している。身体検査をする能力もあるのに、問題議員を入閣させたわけだ。官邸と自民党本部が腐りきっている証拠でもあろう。


 他方、自民党の右翼化と腐敗阻止に成果を出すだろうと期待されていた信濃町の公明党創価学会も、いつもながら傍観者を決め込んだ。信濃町も毒饅頭に慣れてしまったのか。恐ろしい日本の前途を暗示している。


<国政を停滞・混乱、国民に政治不信をもたらした罪は重大>

 安倍の任命責任は重い。国会審議から逃げ回っている安倍である。わずかな大事な国会審議を停滞させただけでも、政治責任は重い。

 ましてや関電疑獄を目の前にしての問題議員の起用である。東電福島の放射能汚染対策にも責任を負っている、さらには日韓貿易問題の処理にも責任のある重要ポストに菅原を起用した首相責任は、極めて重いものがある。


 一瞬の口先責任で許されるわけがない。

 主権者が納得できる責任の取り方で、国民に詫びる責任がある。財閥にのみ、甘い汁を吸わせてきた安倍内閣である。そこに弱者・庶民大衆には10%消費税の強行である。国民の怒りは天を衝く勢いである。宮中での贅を尽くした狂宴に多数国民は、胸にこみあげる怒りを抱え込んでいる。


<検察は適切な捜査で違法議員を刑に服させる責任>

 捜査当局は、憲法と法によって、国民に対して正義を貫く使命を帯びている。その代わりに国民は、税金で彼らの生活を保障している。国民のためのもので、権力者の手足ではない。


 菅原事件の捜査は、適正に行われなければならない。「韓国の検察は捜査するが、日本は放任する」と揶揄されている昨今である。日本の検察は地に落ちてしまっている。

 正義を貫けない検察は、国民による罷免の対象となる。


<一度も責任を取ったことがない田布施の心臓>

 安倍内閣を採点すると、それは国民のための内閣ではない。安倍のための私的な内閣との印象を与えている。現に安倍内閣で尊敬と信頼を集めた閣僚は一人もいない。


 したがって、いつでも総辞職に追い込まれる内閣といえる。それが7年も継続している。これの理由は明確である。

 本来、政権を厳しく監視する責任を負っている新聞テレビが、政府の宣伝機関に成り下がっているためである。最近は相当数の国民が理解してきている。


 悲しいことだが、彼らの多くは選挙で棄権している。主権者の権利を放棄している。救いがたい日本の実情ではある。


 いえることは、田布施の心臓は、この7年間、多くの問題を引き起こしてきたが、1回も責任を取ったことがない。高額報酬を国庫に返上したことがない。「もう血税である官房機密費を使っての会食を止める」ということさえも。


 この7年間、血税を60兆円も海外にばらまいてきた責任も巨大だ。拉致問題や北方領土問題では、1ミリも前進させることができなかった。むしろ大きく後退させてしまっている。

 アメリカからの武器弾薬の爆買いに対して、狂喜しているのは財閥のみである。


<国会は無責任首相を放任することは許されない>

 衆参の国会議員の責任が、いま問われている。国権の最高機関は議会にある。官邸の暴政を止める役割を担っている。裁判所も、である。三権を機能させる今である。議会は国民の信頼に応える時である。

20191027日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

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