言論弾圧の実態を告発した韓国ドキュメンタリー「共犯者たち」予告編


          「共犯者たち」ポスタービジュアル (C)KCIJ Newstapa

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 イ・ミョンバク(李明博)とパク・クネ(朴槿恵)政権の約9年間にわたる言論弾圧の実態を告発した韓国製ドキュメンタリー「共犯者たち」の公開が12月1日に決定、このほど予告編が披露された。

 公営放送局MBCを不当解雇されたチェ・スンホ監督と非営利独立メディア「ニュース打破」取材班が、マスメディアを掌握し国を壊した「主犯」と、権力に迎合して韓国の報道を骨抜きにした「共犯者たち」の実態を暴く。

 2008年、米国産牛肉BSE問題などの報道によって国民の支持を失いかけたイ・ミョンバク政権は、公共放送局KBSや公営放送局MBCをターゲットに、メディアへの露骨な介入を開始。政権に批判的な経営陣は排除され、調査報道チームは解散、記者たちは非制作部門へと追いやられた。両局の労働組合はストライキで対抗したものの、政権が送り込んだ新たな経営陣は解雇や懲戒処分を繰り返し、検察も容赦なくストを弾圧。両局は政府発表を報じるだけの「広報機関」となったが、それでもあきらめないジャーナリストたちを追った。

 本作を一足早く鑑賞した阪本順治監督は、「社会派ドキュメンタリーは敷居が高いと思っている方がいれば、言いたい。これは至極のエンターテインメントである。泣けるし、笑えるし、最後には、自分たちの国に置き換えざるをえなくなる」とコメントを寄せている。

<以上の記事はライブドアニュース。日韓で落差明瞭>

<ライブドア・ブログに告ぐ!卑怯なり>
当方はインターネットについて、全くの素人である。したがって、ブログを提供しているライブドアの側で、ソフトをいじられると、もうお手上げである。今回3月25日か26日にそれが本格的に実施され、ついに利用できなくされてしまった。
これは明らかに言論弾圧である。ライブドアの責任は重い。日本国憲法に違反する大罪である。猛省して、元の状態に復元する義務がある。今のやり方は卑怯者のすることである。
<極右政権の言論弾圧に加担する罪は軽くない>
「ジャーナリスト同盟」通信は、すでに10数年の歴史を有する。そこに数千人の読者がついた。掲示板にも波及してくれたおかげで、その影響力は相当なものとなっていた。
数千人読者のために連日、記事を書いた。その量は現役時代のそれを軽く上回っていた。いずれ全集を出版する時が来るかもしれない。そこに日本の歴史がある。国民の声がある。
ゆえに「ジャーナリスト同盟」通信は、相応の社会的使命を果たしてきた。
日中友好派の新聞記者が立ち上げた組織である。1972年前後のことである。彼らは、佐藤内閣の後継者を大平正芳が担ぐ田中角栄を政権に押し上げた。70年代の黄金の日中友好は、彼らの活躍も加わって実現したものであろう。
極右内閣は、反中派の政権である。A級戦犯の後継内閣である。隣国との関係を破壊するような、悪しき政権である。ゆえに批判をする責任を負い、それを果たしてきた。
まさに、それゆえに悪しき権力は牙をむいてきた。歴史ある「ジャーナリスト同盟」通信を押しつぶしてしまった。この組織を細々と継承してきた長沼節夫は、いま病床にある。この事件が、彼の健康悪化
<ライン・コーポレイションは韓国系、それでいてなぜ?>

2019年危機(4)色あせる元号<本澤二郎の「日本の風景」(3271B)

<春雷の41日に新元号「令和」>

 朝のうちの関東は、東の空は気持ちいいほど真っ青となった。ところが午後になると、突然、雷雲が出たかと思うと、ドカーンとものすごい音が相次いだ。春雷である。

 安倍・日本会議の新元号に天がかみついた格好である。和は理解できるが、令は意味不明である。天皇家と安倍・自公官邸との確執を裏付けていた。むろん、民衆が衆知を集めてぶち上げたものではなかった。

 西暦が国際社会で通用して久しい。日本だけ別に元号を作って、主権者に押し付ける時代の幕引きを印象付けた格好である。 

<安倍の政治ショー>

 一口に言って、それは政治が意図的に作り出したもので、わかりやすく言うと、安倍の政治ショーである。

 自らの三選を実現して、水と油の天皇を引きずりおろす。そうしてこの日を迎えたのだろう。ひとり興奮しているに違いない。

 母親の岸洋子が「運命の人」と言っているそうだが、確かにやっていることはそうかもしれない。しかし、行為の中身は心もとない。友人の中には「成蹊大学の落第生に日本を任せていいのか」とか「顔を見ると、本当にムカッと来る」と厳しい評価をして、変えない。

 天皇は象徴である。現在の首相と官邸は、民意とは無縁である。来月に皇位を継承する皇太子までが、安倍ショーに利用されることにうれしいわけがない。

<色あせる元号の私物化>

 従来、元号は漢籍からとっていた。元号は、大陸・半島を経て列島にとどいたものである。天皇制も紆余曲折を経て単純ではない。現在は150年前から定着したものだ。

 今回、安倍・日本会議は、漢籍出典を排除して、安倍の政治ショーを前面に出した。万葉集から採用したことで、日本会議主導を内外に誇示した格好である。それも安倍・日本会議の、当面の終着点である9条改憲の2019年に持ってきた。元号の私物化が、すでに各方面で指摘されている。

 いま山野にうっすらと咲いている山桜がお似合いではないか。本命・吉野桜ではない。我が家の吉野桜は、本日満開である。枝を切り落として台所のテーブルに挿していた桜が満開だ。山桜好きもいるだろうが、吉野桜にはかなわない。

<梅・大宰府の麻生が何を言うのか>

 車のラジオで、1130分過ぎの菅義偉官房長官による新元号発表を聞いた。とりたてて感動も、新時代との感慨もわいてこない。契約社員・非正規社員も同じに違いない。年金生活者も。

 NHKはこの場面で二人の専門家を放送現場に呼んでいた。一人は万葉集などの研究家だった。もう一人も漢籍学者でなかった。

 このことは数十分前の閣議決定で「令和」が決まったことになっているが、これはトリックなのだ。ずっと以前から万葉集から引用した「令和」は決まっていたことになる。

 安倍嫌いは「安和」とならなかったことに安堵した。事前に安起用が各方面で騒がれてしまい、さしもの日本会議も方針を転換せざるを得なかったらしい。

 NHKの解説者は、万葉集は大宰府の梅をうたったものだと紹介した。

 調べると、大宰府は福岡県だという。麻生太郎の地元ではないか。知事選で

保保乱立で騒々しい。令も和も平和を意味しないものか。

<民衆が決めた元号にあらず>

 いえることは、この元号は、民衆無縁のものである。安倍・日本会議のものであっても、中立・公正な専門家が選んだものではない。

 主権者が感動するようなものではない。新時代どころか、平成の30年間は、凋落日本を象徴してきた。特にこの6年間は、福沢諭吉を大量に印刷するだけで、財政を悪化させ、経済を地獄へと追い込んだ30年だった。

 平成天皇をはらはらさせるような軍拡路線で、一段と財政を悪化させた。本来は起死回生の令和でなければならないのだが、安倍の私物化でそれはないだろう。

<交通違反で散々な目に合う>

 201941日は忘れられない日となった。ビザの件で千葉市へ行き、帰りがけに1130分を迎えた。

 菅の会見に耳が集中していて、赤信号に気づくのが遅れた。というよりも、前を走っていた車が信号を渡り切り、間隔が大きく広がった。渋滞に多少困惑していたせいもあって、安全を十分確認して走り続けてしまった。

 そこをパトカーに見つかり違反切符。車の菅会見を教えたところ、若い警察官は「何のことですか」と問い返してきた。

 公務員であるパトカー乗務員の彼はラジオも聞かない、知らなかったのだ。歴史的瞬間など多くの国民はどうでもいいことなのだろう。40年以上、車を運転して違反切符は、これで二度目である。反省、反省である。

201941日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

 


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